2013年8月19日月曜日

貯蓄ジニ係数

 社会は,有する富の量を異にする人々から成り立っています。各人の富量の指標としては収入がよく用いられますが,貯蓄という側面にも注意する必要があるでしょう。収入が少なくても(なくても),貯蓄で暮らしている人だっているわけですから。

 各世帯の貯蓄額分布が分かる公的資料としては,厚労省の『国民生活基礎調査』がありますが,本調査において貯蓄が調査項目に加えられたのは,つい最近のようです。よって,長期的な時系列をたどれない,という難点があります。

 そこで私は,金融広報中央委員会が毎年実施している『家計の金融行動に関する世論調査』のデータを使うことにしました。この調査から,1991~2012年現在までの,2人以上世帯の貯蓄額分布の変化を明らかにすることができます。単身世帯が調査対象に含まれていませんが,この点はよしとしましょう。
http://www.shiruporuto.jp/finance/chosa/yoron2012fut/

 下図は,本調査の時系列データをもとに,2人以上世帯の貯蓄額(金融資産保有額)の分布がどう変わってきたかを図示したものです。無回答の世帯は除外しています。


 この20年間で,貯蓄がゼロという世帯が増えてきています。バブル末期の1991年では8.6%でしたが,2012年現在では28.0%にもなっています。最も高かったのは2011年の30.6%です。これは,11日のサンケイビズの記事でもいわれているように,東日本大震災の影響でしょう。
http://www.sankeibiz.jp/econome/news/130811/ecc1308111830007-n1.htm

 現在では,全世帯のおよそ3割が貯蓄なしの世帯です。湯浅誠さん流にいうと「溜め」がない世帯。ここでいう「溜め」とは金銭だけに限られませんが,何かのきかっけで生活が即崩壊するリスクのある人々が増えていることは確かだろうと思います。

 一方,図の上のほうをみると,3,000万以上がっつり溜めこんでいる世帯の比重もわずかながら増えています(7.4%→10.9%)。ふうむ。収入格差ならぬ貯蓄格差の拡大を匂わせる図柄です。

 上記の分布データを使って,貯蓄額の不平等度を測るジニ係数を,それぞれの年について出してみましょう。名づけて,貯蓄ジニ係数。最新の2012年を例にして,計算の過程を提示します。


 2012年調査において,貯蓄の有無ないしは貯蓄額が把握されるのは3,648世帯。この世帯を12の階層に分け,各階層の世帯が有する貯蓄額の総量を出したのが,表中の貯蓄量です。

 階級値の考え方に依拠して,100万円台の世帯は一律に150万円,200万円台は一律250万円,というように仮定しましょう。すると,調査対象の3,648世帯が有する貯蓄額総量は,364億1,400万円となります。

 この莫大な貯蓄量が12の階層にどう配分されているかを相対度数の欄でみると,一番上の階層が全体の43.5%をもせしめているではありませんか。この階層は,量の上では全体のわずか10.9%しか占めていないにもかかわらずです。

 逆にいうと,累積相対度数のマークの箇所をみれば分かるように,全体の半分を占める貯蓄額500万未満の世帯には,貯蓄総量の5.2%しか行き届いていません。すさまじい偏りですね。

 こうした偏りを,ローレンツ曲線を描いて可視化してみましょう。横軸に世帯数,縦軸に貯蓄量の累積相対度数をとった座標上に12の階層をプロットし,線でつないだものです。実線は2012年,点線は1991年の曲線です。


 「失われた20年」にかけて,曲線の底が深くなってきています。すなわち,貯蓄の世帯間格差が拡大した,ということです。

 われわれが求めようとしているジニ係数とは,対角線と曲線で囲まれた部分の面積を2倍した値です。算出された係数値は,1991年が0.537,2012年が0.640なり。

 以前に比して値がアップしていることに加えて,0.6を超えるという絶対水準の高さにも驚かされます。昨年の11月30日の記事で計算した,収入のジニ係数は0.4ほどでしたが,ここではじき出された貯蓄のジニ係数は,それよりもうんと高くなっています。単身世帯も含めれば,値はもっと跳ね上がるでしょう。

 それはさておいて,1991~2012年の貯蓄ジニ係数の逐年推移をたどると,下図のようになります。今世紀以降に値が上昇し(小泉政権の影響?),震災が起きた2011年に0.643とピークになっています。


  わが国において人々の収入格差が開いていることはよく聞きますが,貯蓄の格差も拡大してきているようです。さらに,格差の規模でいうと,前者よりも後者においてはるかに大きいことも知りました。

 人々が有する富とは,インカムとプールという2つの要素からなりますが,これから先,高齢化が進行するなか,後者の面により注意を払う必要があるでしょう。推測ですが,貯蓄格差がとりわけ大きいのは高齢層であると思われます。

 祖父母から孫への教育援助を非課税にする動きがあります。貯め込んだお金を使っていただこうという意図には賛成ですが,高齢世代の貯蓄格差が,子の世代の教育格差となって現出しないかどうか。こういう点にも目を向けていかなければなりますまい。

 ところで,金銭的な「溜め」を持たない人が増えているなか,今後は,困った時に助け合う「人間関係」面での溜めが重要になってくるでしょう。ちょっと格好つけていうと,社会関係資本です。

 国立社会保障・人口問題研究所の『生活と支え合いに関する調査』にて,人づきあいの頻度とか調査されていたような気がします。これを使って,関係面での「溜め」のジニ係数とか出せないかしらん。「孤族」という言葉に象徴されるように,一人ぼっちの人間が増えていますので,こういう面での「溜め」の格差も広がってきていると思うけどなあ。今後の作業メモとして記録。