昨日の晩,公立学校教員の病気離職率の推移図をツイッターに載せたところ,みてくださる方が多いようです。教職受難の時代といわれるなか,この問題に関心をお持ちの方も多いことでしょう。当該の図をここにて再掲するとともに,もう少し深めたデータも併せて提示しようと思います。
https://twitter.com/tmaita77/status/401715784633708544/photo/1
上図でいう病気離職率とは,当該年度間に病気離職した教員の数を,同年10月1日時点の本務教員数で除した値です。公立小学校教員でいうと,2009年度間の病気離職者数は609人(文科省『学校教員統計』2010年度)。同年10月時点の本務教員数は413,321人(同『学校基本調査』2009年度)。したがって,この年の病気離職率は,1万人あたりでみて14.7となる次第です。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kyouin/1268573.htm
全教員1万人につき14.7人(680人に1人)という程度ですから,量的に多い現象ではありません。しかし病気離職というのは,過労やバーンアウトのような,広く蔓延している病理現象の相似形をなしていると思われます。教員の危機兆候を可視化するねらいにおいて,この指標を観察することは無駄ではありますまい。
さて,この指標の推移をみてみましょう。赤色の中学校の折れ線をみると,1980年代の半ばで高かったようです。「金八先生」にも描かれていますが,この頃,全国的に校内暴力の嵐が吹き荒れていたことはよく知られています。こういうことの影響もあるでしょう。
その後,生徒の問題行動が沈静化するとともに教員の病気離職率も低下しますが,今世紀の初頭をボトムにして,以後急上昇しています。小学校では伸びがもっとすごく,この10年ほどで3倍ほどになっています(5.3→14.7)。
今世紀以降,同時多発テロ(2001年)やリーマンショック(2008年)など,いろいろなことがありましたが,わが国の教育界においても然り。2006年の教育基本法改正,翌年の教育三法改正。それに伴い,副校長や主幹教諭などの細かい職階が導入され,教員組織の官僚制化が進んだといわれます。また,2007年度からの全国学力テストの開始,翌々年度の教員免許更新制施行により,教員の多忙化に拍車がかかったという声もあり。
加えて,学校をとりまく外部環境も変わりました。それを象徴するのが,学校に無理難題をふかっけるモンスター・ペアレントの増殖です。東京都がこの問題に関する調査報告書を出したのは2008年ですが,上図に示されている,病気離職率の上昇期と重なっています。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr080918j.htm
考察を深めるため,教員のどの層で離職率が大幅にアップしているのかを検出してみましょう。今世紀以降の上昇幅が最も大きい,小学校教員に的を絞ります。2000年度と2009年度について,公立小学校教員の病気離職率を年齢層別に出し,グラフを描いてみました。
なお,年齢層別の離職率の計算にあたっては,分母を翌年の10月1日時点の本務教員数にしています。2009年度の離職率は,2009年度間の離職者数を,翌年(2010年)10月1日時点の本務教員数で除して算出しています。年齢層別の教員数(ベース)は,『学校教員統計』の実施年のものしか得られませんので,このような措置をとりました。1年程度のラグなら問題はないものと,お許しください。
今世紀以降,公立小学校教員の病気離職率は急増しているのですが,年齢層別にみると,若年層と高齢層の伸びが顕著であるようです。言葉がよくないですが,病巣はこの部分にあるようです。
職業生活の始めと終わりに位置する「2つの危機」。これらをどうみたものでしょうか。高齢層については,加齢による体力の衰えなどもあるでしょうが,若年層については如何。
採用試験の競争率低下により質が下がったとか,右も左も分からず職務遂行が上手くいかないとか,いろいろなことが想起されます。しかるに,ここではもっと構造的な部分に目を向けてみましょう。私が注目したいのは,教員集団の構造です。
10月27日の記事では,人口の年齢構成変化により,若年層が上の世代から被る圧力が強くなってきているのではないか,という仮説を提起しました。現在のわが国の人口ピラミッドをみると,逆ピラミッド型とまではいきませんが,上が厚く下がやせ細った型になっています(つぼ型)。そこで見出されるのは,量的に少ない若年層が多数の上世代を支えている様,いや後者に押しつぶされている様です。
実をいうと,教員の世界では,こうした事態がもっと顕著です。団塊世代の大量退職によって最近は増えているものの,財政難から教員の新規採用は抑制されていますしね。
私は,2010年度の『学校教員統計』のデータを使って,同年10月時点の公立小学校教員の年齢ピラミッド図をつくってみました。本務教員のものです。
いかがでしょう。教員の量(マグニチュード)からして,赤色の20代の若年教員はやせ細っています。比率でいうと,全国は13.3%であり,この値が最小の沖縄ではたったの3.2%です。
この上に,多数の年輩教員が乗っかっているわけですが,彼らが自分たちよりも下の若年教員をサポートする存在になるのか,あるいは逆に重荷になるのか。これについては見方が分かれるでしょうが,後者の側面もあるのではないでしょうか。
前にも書きましたが,「上は支えられる存在,下は支える存在」,「上は指導する存在,下は指導される存在」というように,日本は年齢による役割規範が強い社会です。官僚制化の度合いが強い教員組織にあっては,それがひときわ顕著である,という見方もできます。
仮にこちらの面をとるとすると,若年教員が上の年輩教員から被る圧力の強さは,頭数を比べることで数値化することができます。図中の黄色の数値がそれです(圧力係数)。30歳以上の教員数が20代の何倍かですが,全国では6.5倍,沖縄では何と29.8倍にもなります。当県の若年教員の状況はどういうものなのでしょう。
ここにて客観的に明らかにしたのは,①教員の病気離職率が最近高まっていること,②それはとりわけ若年教員で顕著であること,です。その背景として,近年の教育改革や外部社会の変化に加えて,教員集団の構造変化があるのではないか,という仮説を提起したいと思います。
2004年に,静岡県の磐田市の小学校に勤務していた新任女性教員(24歳)が自殺する事件がありました。原因は,担当する学級で続発する諸問題に孤軍奮闘しなければならなかったことによる,心理的な負担(鬱)であったそうです。
報道によると,当該教員が先輩教員に助けを求めた際,「バイトじゃねえぞ。しっかりやれ」といびり倒されたそうな,その一方で,各種の雑務だけは押しつけてくる。上の世代がサポート資源ではなく重荷になるというのは,こういうことです。これを逆転させることが,ぜひとも必要です。
上図の黄色の数値を「圧力係数」と名づけていますが,「サポート係数」というように,逆の見方ができるようになることが望まれます。それがどれほど具現されたかは,この数値と病気離職率や精神疾患率との相関をとることで実証されるでしょう。今後,継続的にデータをとっていきたいテーマです。