人は年老いたら死にますが,同じ年齢層であっても,「死」の確率が社会的属性によって異なることは知られています。これを総称して「いのちの格差」などと言ったりします。
この点に関するデータとしては,平均寿命の社会階層差・地域差などがありますが,死亡率という単純な指標によっても可視化できます。
東京都の『人口動態統計』(2015年)を眺めていたら,都内23区別に同年中の死亡者数が計上されています。これを,2015年の『国勢調査』から分かる,同年10月時点の人口で除して,死亡率にしてみました。
下表が数値の一覧です。分子の死亡者数は日本人のものなので,分母の人口も同じく日本人の数値を使っています。繰り返しますが,分母の人口は2015年10月時点,分子の死亡者数は2015年中の数値です。
同じ大都市でも,死亡率は区によってかなり違いますね。最低の中央区では64.5ですが,マックスの北区では109.3にもなります。100を超える区は,台東区,北区,荒川区,そして足立区です。
うーん。まあ高齢者が多い区では死亡率が高くなるのは当然ですが,死亡率が高い区の顔ぶれをみると,住民の年齢構成の影響だけではないような気がします。
東京都全体の年齢層別の死亡率と,各区の住民の年齢構成から,23区の死亡率の期待値を出し,上記の死亡率と照らし合わせてみましょう。都全体の年齢層別の死亡率は,以下のようになっています。先ほどと同じく,ベース1万人あたりの死亡者数です。
当然ですが,年齢が上がるにつれ,死亡率はぐんぐん高くなってきます。80歳以上の死亡率は7.65%,13人に1人です。
上表の年齢層別の死亡率を,各区の住民の年齢構成比で重みづけして,23区の死亡率の期待値を計算してみます。たとえば足立区の日本人人口の年齢構成比は,0~5歳が4.0%,5~9歳が4.0%,……75~79歳が5.4%,80歳以上が6.8%,となっています(『国勢調査』,2015年10月時点)。
よって,住民の年齢構成から期待される足立区の死亡率は,以下のようにして算出されます。
{(5.0×4.0)+(0.9×4.0)+……+(245.2×5.4)+(765.4×6.8)}/100.0 = 92.8
年齢構成から期待される足立区の2015年の死亡率は92.8ですが,実際の死亡率は最初の表にあるように103.8です。この区では,住民の年齢構成から期待される水準よりも,実際の死亡率はかなり高くなっています。
では,他の区はどうでしょう。同じやり方で死亡率の期待値を出し,最初の表でみた実測値と照合しています。
どうでしょう。足立区と同じく実測値が期待値を上回る区は12で,その逆は11となっています。ちょうど半々ですね。
世田谷区は足立区と真逆で,実際の死亡率は,年齢構成から期待される死亡率よりもかなり低くなっています。
実際の死亡率が期待値よりも高いということは,年齢以外のファクターによる死亡が多い,ということです。考えられる大きな要因として,貧困があるでしょう。貧困層は医者にかかれない,健康への関心が低い。こうした事情から,高齢者でなくても生活習慣病などで命を落としやすい……。あり得ることです。
事実,死亡率の残差(=実測値-期待値)は,各区の平均世帯年収とプラスの相関関係にあります。下図は,横軸に平均世帯年収,縦軸に死亡率の残差をとった座標上に,23の区を配置した相関図です。平均世帯年収は,総務省『住宅土地統計』(2013年)から独自に計算しました。
http://tmaita77.blogspot.jp/2015/03/2013.html
ご覧のように,平均年収が低い区では,死亡率の残差が大きくなっています。先ほど述べたように,年齢以外の要因の死亡率が相対的に高い,ということです。住民の経済力とリンクしていることから,貧困が大きな影を落としているとみてよいでしょう。
都内23区の死亡率からうかがわれる,厳として存在する「いのちの格差」。貧困に由来する生活習慣病の死亡などが想起されますが,もしかすると,若者の展望不良による自殺率の違いも,その中に含まれるかもしれません。
はて,死亡率全体ではなく自殺率の残差分析をしても,同じような結果がみられるか。経済力とのリンクがみられるか。興味ある分析課題です。
ともあれ今回の結果から分かるのは,不利益の地域的集積の傾向であり,住民に対する保健指導の徹底などが求められるところです。健康に無関心な地域のクライメイトは,子ども世代の健康を害することにもつながっているように思えます(健康格差)。
http://tmaita77.blogspot.jp/2015/03/blog-post_12.html
こうした負の連鎖を断ち切るに際して,学校が大きな役割を果たすべきであるのは言うまでもありません。