2019年3月20日水曜日

教員の労働時間の相対評価

 AIの台頭により,仕事の省力化が進められるようになっています。保育所の入所者選考ですが,人手だと数百時間かかっていたのが,AIだとほんの数秒で完了だそうです。スゴイですね。ただの事務員は「用なし」になる時代は,すぐそこです。

 学校においても,試験の採点をAIにさせる実践が出てきています。模範解答と生徒の解答を読み取るスキャナーに通すと,パソコンが正誤を判断。1文字のカタカナやアルファベット,数字を認識し,自動で採点・記録」してくれるとのこと。教員の長時間労働の是正に,一役買いそうです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190319-00000019-kobenext-sci

 教員の長時間労働については,このブログで何度もデータを出してきました。「日本では,労働時間が長いのは教員だけではない。他の職業も同じ」。こういう声がありましたので,他の職業との比較もしたところ,教員の労働時間はやはり長いことを知りました。
https://tmaita77.blogspot.com/2017/09/blog-post_4.html

 社会学をやっている人間の性癖として,自分の国の状況を見た後は,他の国(社会)のことも知りたくなります。教員の労働時間が国の労働者全体よりも長いって,他の国でも同じなんでしょうか。

 学部の比較教育論の授業で,「欧米では教師の給料は安いが,仕事時間も短い。本とかを読んで勉強しないといけないからだ」と聞いた覚えがあります。「トムソーヤの冒険」のドビンズ先生も,授業が終わったらさっさと帰宅し,お医者さんになるための勉強をしていますよね。

 教員と就業者全体の労働時間を,国ごとに比べる作業をやってみましょう。私は,OECDの「TALIS 2013」から中学校教員,ISSPの2013年調査から有業者全体の労働時間の指標を計算してみました。性別と年齢の影響を除去するため,25~54歳の男性に限定しています。

 両調査の個票データから,週間の就業時間の分布を明らかにし,それをもとに平均値を出しました。本当は中央値がいいのですが,計算が面倒なので,平均値でお許しください。手始めに,日本を含む主要7国の結果をみていただきましょう。ドイツは教員調査に参加してないので,分析対象に含めていません。


 日本は,教員が55.9時間,有業者全体が50.1時間です。どちらも週50時間超え,長いですね。1日8時間(週40時間)という,労基法の規定はどこ吹く風です。

 教員の仕事時間が民間より長いのは,日本とイギリスだけです。差分は,日本のほうが大きくなっています。残りの5か国では,教員は民間よりも短し。韓国とフィンランドでは,10時間以上も短くなっています。儒教社会の韓国では,教員の社会的地位は高く,仕事時間が短く給与は高し。若者の人気職業の一つだそうです。

 教員の置かれた社会的文脈をみても,日本の教員の悲惨さが伝わってきます。7か国だけでは心もとないので,比較の対象を増やしましょう。「TALIS 2013」と「ISSP 2016」の共通の対象国は21か国です。これらの国について,同じやり方で週間の就業時間の平均値を算出しました。もう一つの指標として,週60時間以上働いている者が全体の何%かも出してみました。

 下表は,結果の一覧です。上段は平均就業時間,下段は長時間労働者の比率です。



 上段の平均値をみると,日本の教員の就業時間(週55.9時間)は最も長いことが知られます。民間との対比でいうと,右端の差分から分かるように,教員が民間よりも短い国がほとんどです。「教員>民間」の国は3か国ですが,その度合いは,日本が最も顕著です。

 下段の長時間労働者率(過労死予備軍率)をみると,日本の中学校教員では52.7%,半分以上が該当しています。21か国の中でダントツです。部活指導がネックになっているのでしょう。この値は,国内の就業者全体に比しても格段に高くなっています。倍以上の差です。

 教員の就業時間は長く,国内の全労働者と比しても長い。どうやら日本は,その度合いが最も大きい社会のようです。

 総じて海外では教員の給与は安いのですが,仕事時間も短いので,まだ慰めにはなろうというもの。日本の教員給与も民間より安いのですが(地域差はあります),それで労働時間も長いというのですからたまりません。日本の教員を国際標準に近づけるには,長時間労働を是正し,給与も上げないといけないようです。

 異国の人にすれば,「こういう待遇で,教員のなり手がよくいるもんだ」と驚かれるでしょう。それどころか,日本の教員志望者の学力は高く,優秀な人材を引き寄せることにすら成功しています。 
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/02/post-11650.php

 日本では,教員は崇高な仕事とみなされており,やりがい感情に魅せられて教員の志望する若者も多いのですが,それによりかかっていた「虫のいい」やり方も,綻びを見せ始めてきました。教員採用試験の競争率低下が,その証左です。小学校はとくに深刻で(2倍を切る自治体もあり),中学校教員を教壇に立たせようという案も出ています。

 民間が好景気だからだろうという見方もありますが,理由はそれだけではないような気がします。「教員離れ」の可能性も疑ってみる必要がありそうです。教育社会学者の功績?により,教員のブラック労働ぶりが,揺るぎないデータで知れ渡っていますからね。

 私もそれに一役買っていると思いますが,「余計なことを…」と思わないでください。データは,現実を変えるのに必要不可欠です。これがないと,働き方改革を進める政策のコンセンサスもとれません。

 中央教育審議会は,教員の働き方改革の答申を出しました。未来の労働者を育てる学校が,「ブラック労働の学校」でいいはずがありません。働き方改革,待ったなしです。