2019年3月11日月曜日

個票データの提供を

 春らしい陽気になってきましたが,いかがお過ごしでしょうか。

 私は,日本教育新聞にて連載コラムを書かせていただいています(「数字が語る・日本の教育」)。その関係上,同紙が毎週手元に送られてきます。国内唯一の教育専門紙をタダ読みできて,本当にありがたいです。
https://www.kyoiku-press.com/


 本日号のトップに,「業務改善,学校への調査は データ重視,削減に壁」という記事が載っています。教員の働き方改革が目指されていますが,国の各種調査への回答というのも,学校にとって負担になっているようです。

 私は2015年の夏,都内の教員を対象に講演しましたが,終了後の昼食会で「ホント,国や都からの調査,多いんですよ。それも内容がかぶっていてね」と,小学校の副校長先生から打ち明けられました。「負担となっている業務は何ですか?」という設問に対し,よっぽど「てめえらの調査への回答だ!」と書こうかと思ったそうです。

 国の側も,調査の削減や精選に取り組んでいるようですが,昨今の「根拠に基づく政策」の時流に抗うのも難しく,板挟みの状態だそうです。政策立案や予算獲得には,精緻なデータを揃えるのが必須であるとのこと。

 しかしですねえ,上記の副校長先生が言われているように「内容がかぶっている=無駄」も結構あるのではないでしょうか。

 子どもの貧困対策を進めるには,貧困と子どもの育ちの関連のデータが必要。しからば,「質問事項に家庭の年収を盛り込んで,こういう調査をしよう」となります。ところが,既存の公的調査を丹念にサーチしてみると,家庭の年収を織り込んだ調査はあるのです。

 たとえば,国立青少年教育振興機構の『青少年の体験活動等に関する実態調査』です。2014年度調査では,個票データも提供されており,家庭の年収をコアにした分析を独自に行うこともできます。昨日,ツイッターで発信した,家庭の年収と「褒められ」頻度のクロスは,このデータの分析によります。


 同じ調査が2016年にも実施されていますが,個票データが提供されていません。国立青少年教育振興機構は,子ども・若者に関する興味深い調査をたくさんしていて,調査票をみると家庭環境の設問も盛られています。調査の設計に,教育社会学者が関わっているのでしょう。
http://www.niye.go.jp/kenkyu_houkoku/

 残念なことに,最近では個票データが出されなくなっています。単純集計や性別クロスといった,うわべだけの報告書が出されるにとどまっています。せっかく興味深い属性変数を押さえているのに,勿体ないと言わざるを得ません。宝の持ち腐れです。

 こういう既存の財産を度外視して,貧困と子どもの育ちの関連を明らかにすべく,新たな調査を実施するというのは,全くもって無駄です。現場にも負担がかかります。

 ちなみに国際調査は,個票データが万人に供されるのがスタンダードです。PISA,TIMSS,PIAAC,といった国際学力調査のウェブサイトを御覧なさい。個票データをダウンロードできるページが設けられています。研究者でない一般人も利用可能です。
http://www.oecd.org/pisa/data/2015database/
https://timssandpirls.bc.edu/timss2015/international-database/
http://www.oecd.org/skills/piaac/publicdataandanalysis/

 3重クロスまでの簡単な分析は,リモート集計ですることもできます。
https://nces.ed.gov/surveys/international/ide/

 公的機関の調査データは,万人の共有財産という考えなのでしょう。たくさんの人がいろいろな観点から分析をすることで,様々な知見(findings)を引き出すことができます。100万円かけて実施した調査からどれほどの収穫を得られるかは,個票データがオープンにされるか否かにかかっていると思うのですが,いかがでしょうか。
https://twitter.com/KuroseYudai/status/1050520322800119808

 毎年行われる『全国学力・学習状況調査』には1億円もの公的資金が注がれているそうですが,その費用が回収されるといえるまで,十分にしゃぶり尽くされているのでしょうか。

 国際標準に合わせて,公的機関が実施する調査の個票データは,ぜひともオープンにしていただきたいと思います。調査の無駄(重複)を省き,現場への負荷や社会調査不信を軽減することにもなります。

 実は,3年前の朝日新聞の紙上で同じ主張をさせていただいたことがあります。記者さんも頷いておられましたが,事態はあまり変わっていません(悪化の兆しさえ見られます)。今日の日本教育新聞のトップ記事を見て,また同じことを言わないといけないなと思い,ブログの筆をとった次第です。