2020年6月10日水曜日

若年女性の転出率

 私は朝7時前に起き,ラジオ体操をして,主要紙サイトのニュース記事のチェックをします。興味を持ったものは,ツイッターでシェアします。これぞ,現代型の新聞切り抜きです。後々,ツイログで呼び出すのも簡単。

 今朝,シェアした記事の一つに,日経サイトの「東北,若い女性の転出鮮明に 賃金低いと転出率高く」があります。有料記事ですが,私は無料会員登録してますので,月10本まで読めます。興味をもったので,「続きを読む」をクリックしてみました。ファインディングは以下の2点。

 ①:15~29歳女性の転出率を県別に出すと,東北の諸県で高い。
 ②:女性の賃金が低い県ほど,若年女性の転出率が高い傾向。

 ②については,鮮やかな散布図も示されています。一目見て,こんなに明瞭な傾向が出るのかと驚きました。記事で言われているように,高い稼ぎを求めた合理的な行動と言えるでしょうが,ここまで強い相関があるとは…。ぱっと見,相関係数の絶対値は0.9を超えていそうです。

 ただ,若年女性の転出率の定義をみると,転出者全体に占める15~29歳女性の割合とあります。うーん,これをもって転出率といっていいものか。正確には転出者の若年女性割合でしょう。転出の指標としていいものか,という疑問もわきます。住民の中で若い女性がどれほどいるかにも左右されるでしょうし。

 転出率というからには,若年女性全体のうち,1年間の間に転出した女性は何%か,という数値にすべきかと思います。字の通り,転出者の出現率です。私はこの意味の転出率を使い,日経記事の分析の追試をしてみました。

 最新の2019年の転出者数は,総務省『住民基本台帳人口移動報告』に出ています。分母には,同年1月1日時点の人口を充てます。こちらは,同省の『住民基本台帳に基づく人口』に載っています。青森県の例だと,2019年中に本県から転出した15~29歳女性は5673人で,同年1月1日時点の同年齢女性(7万6697人)の7.40%に当たります。年始の人口ベースの転出率は,7.4%と出ました。

 この値は,若年女性の転出率といえます。47都道府県の値を高い順に並べると以下のごとし。前後しますが,日本人のデータで,外国人は含みません。


 上位には地方県が多く,日経記事の通り,東北の4県も名を連ねています。ただ,京都や東京といった大都市も平均以上の水準で,「都市-地方」という一軸で解釈するのは難しいようです。

 女性の賃金水準との相関はどうでしょう。日経記事では,ものすごく明瞭な傾向が描かれていましたが,それを再現できるかどうか。2019年の『賃金構造基本統計』に,女性一般労働者の平均月収が県別に出ています。同年6月の平均月収(諸手当込)です。

 これをみると,東北県の女性の給与は低く,高い稼ぎを求めて県外に出る,という行動も分からなくはないです。はて,47都道府県全体の傾向ではどうか。横軸に女性の月収,縦軸に若年女性の転出率(上表)をとった座標上に,各県のドットを置きます。


 傾向としてはマイナスの相関です。女性の稼ぎが少ない県ほど,若い女性の転出率が高い傾向はありますね。左上には,日経記事の図と同じく,東北の県があります。

 ただ攪乱事例も多く,47都道府県全体としては,それほど強い相関とは言えません。相関係数の絶対値は0.4程度です。東京や神奈川は,大都市で給与も高いのですが,転出率も高し。郷里にUターンする人などがいるためでしょう。

 正確な意味での転出率では,日経記事に載っている,芸術的ともいえる鮮やかな傾向の再現は叶いませんでした。「賃金低いと転出率高く」という主張には,ちと留保が要るようです。

 まあ個人単位でいえば,高い給与を求めて地域移動(mobility)するのは合理的なことです。東北県においては,若年女性の給与アップ,男性とのジェンダー差の是正等,行う余地があるとは言えるでしょう。若い女性を地元につなぎ止め,出生数を増やすにも必要なこと。

 記事の末尾に出ていた,仙台市の社長さんの話も気になりました。時短の2人より,フルタイムで働ける1人を好んで雇う傾向があるとのこと。これでは,幼子がいる女性やシングルマザーの正社員雇用は進みにくい。

 随所で言っていますが,21世紀は20世紀と違い,パート労働の時代であると思っています。AIもどんどん進化していますしね。労働時間が短くなった分,給与が減るというなら,ベーシックインカム(BI)で補填すればいい。AIとBIで社会は変わるのです。余談ですが,オランダでは,中学校教員の半分以上がパート勤務です。人口も高齢化も進む中,一人当たりの労働時間を短くし,ワークシェアリングを進めないと社会は立ちいきません。

 東北の県だけの話ではありますまい。女性が働きやすい環境を整えることは,どの県においても「待ったなし」です。

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 以上,日経記事の分析の追試でした。公的統計を使った分析記事をみると,結果が再現できるかを追試してみたくなります。科学の大前提は,誰がやっても同じ結果になるという再現可能性です。

 普通の人は面倒がって,こんな作業をしたがらないものですが,それが苦にならない人もいます。一定の学を修めた人です。カネになる仕事にありつけず,困っている人も多いのですが(無職博士),ニュースのファクトチェックの仕事を与えるといいのではないか,という意見もあります。

 「コンビニ店員やガードマンとして働いている人文系の大学院出身者に2万円を支払い,ザッとチェックしてもらって意見出しをしてもらうだけで」,メディアの質は大幅に改善される。*「人文系ワープア博士を救うには」文春オンライン,2019年4月15日

 ネットメディアの隆盛もあり,いい加減なフェイクニュースも増えてますからね。職がない知的人材を生かす用途はありそうです。私も,こういう「ファクトチェック」の仕事で食い扶持を得ている人間の一人です。