児童虐待が社会問題化していますが,虐待の加害者の多くは母親です。2012年度間の児童相談所が対応した虐待相談件数でみると,総数66,701件のうち,加害者が実母であるケースは38,224件となっています。率にすると57.3%です(厚労省『福祉行政報告例』)。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/38-1.html
子どもと接する時間が長いのは母親ですから,当然といえばそうですが,今回は,母親による虐待発生率が環境条件によってどう変わるかを明らかにしてみましょう。
上記の厚労省資料から,加害者が実母である虐待相談件数を県別に知ることができます。大都市の東京でみると,2012年中の件数は2,452件です。同年10月時点の子ども人口(20歳未満)は202万人。よって,子ども人口1万人あたりの件数は12.1件となります。この値を,母親による虐待発生率をみなしましょう。
この指標を47都道府県別に計算してみると,最高の大阪(37.1)から最低の鹿児島(1.8)まで,甚だ大きな地域差が観察されます。前者は後者の20倍超です。これは両端ですが,全県の値を地図で表現してみると,下図のようになります。2012年の母親の虐待率マップです。
5.0刻みで塗り分けてみましたが,首都圏や近畿といった都市部で色が濃くなっています。あとは,中国の中枢県や石川ですか。全体的にみて,大よそ,都市性の度合いと関連しているように思えます。
都会ほど人間関係が希薄で,母親の育児が孤立しやすいことを思うとさもありなんですが,「都会ほど虐待が多い」というオチでは物足りません。虐待と関連していそうな,各県の母親の生活条件を具体的に表す指標との相関をとってみましょう。
私が着目したいのは,専業主婦率です。母親が一人家にこもって育児をしている県ほど,虐待が多いのではないかと思われます。この現象を統計で可視化できるでしょうか。
ここでいう専業主婦率とは,6歳未満の子がいる核家族世帯(母子・父子世帯は含まない)のうち,「夫有業・妻無業」の世帯の比率です。三世代世帯の影響を除くため,核家族世帯に限定します。2012年の総務省『就業構造基本調査』からこの指標を県別に出し,先ほどの虐待発生率との相関をとってみました。
http://www.stat.go.jp/data/shugyou/2012/index.htm
撹乱はありますが,専業主婦率が高い県ほど,母親の虐待率が高い傾向が見受けられます。相関係数は+0.534であり,1%水準で有意です。
上図の相関は,祖父母と離れて暮らしている核家族世帯の率を介した疑似相関ではないか,という疑いもあります。しかし,6歳未満の子がいる世帯の核家族世帯率との相関を出したところ,係数値は+0.367であり,主婦率との相関よりも小さいのです。
母親の主婦率と虐待率が因果関係的な面を持っているとしたらどうでしょう。ある方がツイッター上で,「母親が一人,小さい子と24時間接するのはとても危険なことだ」とつぶやいておられました。言い得て妙だと思います。
虐待の被害者の多くは就学前の乳幼児ですが,この時期の子どもは言語による意思疎通も困難で,なかなか言うことを聞いてくれません。2~4歳頃には,第1次反抗期も迎えます。一人,こうした存在と四六時中向き合うというのは,確かに「危険なこと」なのかもしれません。周囲からのヘルプが得られない場合,なおさらのこと。
それに,専業主婦は自分の役割を「子育て」に特化しているため,いわゆる「パーフェクトチャイルド願望」が高いのが常です。そうした(高き)理想と現実とのギャップも,虐待発生の素地を準備すると考えられます。
人間は,一つではなく多様な顔(役割)を持ったほうがいいといわれます。子育てをしている女性も,「母親」だけではなく,職業人や地域人としての顔を備えた方がいいのではないでしょうか。それは男性にもいえることで,職業人だけではなく,父親や地域人としての顔を前面に出さねばなりません。それがないと,自分が手がける仕事に「社会性」が生まれません。営利追求一辺倒に陥りやすくなります。
私は,専業主婦が悪いなどというのではありません。地域単位の統計から,「専業主婦ほど虐待をしやすい」という行為命題を導くのは早計です。上図の相関は,背後の共通要因を介した疑似相関であることでしょう。おそらく,地域のソーシャルキャピタルの強度といったものだと思います。
求められるのは,それを可視化する指標を開発ことです。しかし目下,いろいろな指標と虐待率との相関をとったところ,最も強く相関しているのは専業主婦率なので,その事実を提示しておこうと考えた次第です。