2016年10月17日月曜日

小学生の体験格差

 私のツイッターをご覧の方はお分かりでしょうが,昨日はずっと,総務省『社会生活基本調査』のデータをいじっていました。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/index.htm

 いろいろな生活行動の頻度の統計で,学歴や所得による違いも分析できるスグレモノです。趣味の学歴差などのグラフをツイッターで発信しましたが,興味をもってくださる方が多いようです。

 さて,教育社会学の観点から問題にすべきは,家庭環境とリンクした,子どもの生活行動の格差です。子どもは皆違って当たり前で,暮らしに違いがあるのは当然ですが,それが家庭の富裕度など,本人では如何ともし難い外的条件とつながっている場合,是正を要する「格差」としての性格が出てきます。

 学力格差,体力格差,健康格差などの言葉には,こういう意味合いが込められています。

 ここでみるのは,学習,スポーツ,趣味・娯楽,ボランティア,旅行・行楽の頻度が,家庭の所得階層によってどう違うかです。これらをひっくるめて,体験格差ということにしましょう。人間形成には各種の体験が重要であるといいますが,それをどれだけ積めるかは,家庭環境と関わっている。

 私は,小学生(10歳以上)の各種の行動実施率が,富裕層と貧困層でどう違うかを調べました。前者は年収1500万以上,後者は年収300万未満の家庭の子弟です。手始めに,大雑把な行動分類の実施率からみてみましょう。過去1年間の実施率で,学校の授業によるものは含みません。


 どのカテゴリーの実施率も,プアよりリッチで高くなっています。学校の学業以外で何らかの学習をしたという小学生の率は,プアでは34.7%ですが,リッチでは64.7%です。その差,実に30ポイントなり。

 富裕層は教育熱心で,早いうちから外国語などの習い事をさせるのでしょう。むろん,そのための経済資本もバッチリ備えている。

 他の大カテゴリーでは,実施率にさほど大きな階層差はありません。それは当然で,スポーツや趣味などは,家庭の富裕度と関係なく,ほとんどの小学生が何かしらのものはやりますので。

 しかるに,より細かい具体的な項目でみると,実施率の差が甚だ大きいものが少なくありません。たとえばスポーツのうち,スキー・スノボの実施率は,プアが8.2%,リッチが32.3%で,4倍近くの差があります。そこらでやるサッカーなどと違い,これはおカネがかかりますからね。

 プアとリッチの実施率が倍以上違う項目を拾い,カテゴリーごとに整理すると,下表のようになります。


 該当するのは19項目です。赤字は4倍以上の差があるものですが,海外観光旅行などは格差が凄まじい。プアは0.6%,リッチは17.7%で,およそ30倍の差です。遠出が必要なボランティア経験の差も大きいですね。

 芸術鑑賞経験の差も顕著です。自宅でのDVDなどではなく,実際に美術館やコンサートなどに足を運んでの鑑賞経験ですが,家庭環境の影響が色濃く出ています。これはおカネのような経済資本ではなく,保護者の芸術嗜好といった文化資本の差によるでしょう。親の学歴差でみたら,差はもっと大きいと思われます。ブルデューの文化資本論にも通じますね。

 スポーツも,場所や道具が要る種目は,実施率の階層差が大きくなっています。そこらでできるサッカーは,階層差は小さいです(プア:27.6%,リッチ:33.8%)。

 上表のような体験格差が,学校でのアチーブメントの違いに転化するであろうことは,想像に難くありません。大学入試などでも,従来型のペーパーの比重は小さくし,人物をみる面接が重視される方向ですが,そうなった時,幼少期からの体験がモノをいうようになるでしょう。話題の豊富さ,立ち振る舞い・・・。体験格差を介した,家庭環境の影響が色濃くなるのではないか,という懸念を持ちます。

 また気がかりなのは,体験格差が拡大の傾向にあることです。階層差が大きい美術鑑賞と海外旅行の経験率が,この5年間でどう変わったか。プアとリッチで分けてみると,下図のようになります。


 どちらもプアでは減り,リッチでは増えている。その結果,差が開いてしまっています。2008年の学習指導要領改訂では,「生きる力」の重要性が改めて強調されました。富裕層はそれに反応し,各種の体験を子どもに積ませるようになったのでしょうか。

 貧困層で減っているのは,超プアの比重が高まっているためかもしれません。年収300万どころか,200万にも届かない世帯が増えているのではないか。そういう世帯は,芸術の嗜みや海外旅行など高嶺の花です。

 われわれは,見えざる形で進行している,子どもの体験格差に注意を向けないといけません。それは,現代型の学力の階層格差が出ることの条件となるからです。これを是正するにあたって,学校の特別活動や地域のNPO団体などが一役買ってもいいでしょう。