修学旅行の費用が高騰しています。2016年の文科省『子供の学習費調査』によると,高2生徒の保護者が支出した平均額は私立で11.2万円,公立でも8.2万円になります。
私立で高いのは想像がつきますが,公立でも8万円超えとは驚きです。1994年,私が高校生だった頃は5.4万円でした。バブルの余韻漂う当時に比して,家計は厳しくなっていますが,修学旅行の費用は上がっていると。行先に,海外を選ぶ学校が増えているためでしょう。
経済的理由で修学旅行に行けない生徒もおり,親や教師にすれば実に忍びない。ちなみに修学旅行というのは,息抜きや思い出作りのための娯楽ではありません。正規カリキュラムの特別活動の範疇に属する,れっきとした授業です。社会科の授業内容を織りまぜる学校もあります。
経済的理由で修学旅行の機会を奪われるというのは,広くとれば,教育を受ける権利の侵害ともいえるでしょう。
しかるに高校生ともなれば,10万円弱の費用くらい,アルバイトをして自分で稼いだらどうか,という意見もあります。社会勉強も兼ねてです。生徒や保護者に対し,堂々とそれを言う高校もあるようです。
https://dot.asahi.com/aera/2019112700030.html
突飛な提案に聞こえますが,諸外国ではよく聞く話ですよね。アメリカでは,家が裕福であっても,バイトをして,遊ぶ金や大学進学の費用を自分で稼いでいる生徒が結構います。親にすれば,わが子に社会経験を積ませるという目論見もあるようです。
OECDの「PISA 2015」によると,アメリカの15歳生徒のアルバイト実施率は30.4%で,日本の8.1%よりもずっと高くなっています。調査対象の57か国・地域を高い順に並べると以下のごとし。「PISA 2015 Results STUDENTS’ WELL-BEING」という資料に載っているデータです。
首位は北アフリカのチュニジアで,日本でいう高1生徒の47.2%,半分近くがバイトをしています。上位をみると,発展途上国が多くなっています。これは予想通りです。
先進国でも,バイト率が高い国があります。ニュージーランドは36%,福祉先進国のデンマークは33%,アメリカは30%です。英独仏も,日本よりはだいぶ高くなっています。
日本の8.1%は下から2番目ですね。最下位は韓国の5.9%。受験競争が激しい国で,経済的に逼迫でもしてない限り,バイトをする生徒は少ないのでしょう。それを禁止する学校も多し。
「経済的に逼迫」と書きましたが,日本のデータでみると,社会階層が下の生徒ほど,バイトの実施率は高い傾向にあります。上記の「PISA 2015 Results STUDENTS’ WELL-BEING」では,社会階層のスコアに依拠して,15歳生徒を4つのグループに分け,アルバイトの実施率を出しています(462ページ,表Ⅲ-12-7)。日本のデータでいうと,一番下のグループ(以下,下層)は13.7%,一番上のグループ(以下,上層)は3.9%です。
まあ,分かりやすい結果ですよね。家庭に余裕がない生徒ほど,働かざるを得ない。しかしイギリスのデータだと,下層の生徒が22.1%,上層の生徒が21.4%で,階層差がほとんどありません。イギリスの富裕層は,日本の貧困層よりもバイト率が高いのも興味深し。
先ほど書いたように,切羽詰まった経済的理由とは性質が違う,社会勉強の類のバイトが多いと思われます。イギリスだけでなく,欧米諸国の多くはこんな感じです。下図は,8か国の下層と上層の生徒のバイト率を図示したグラフです。
日本は「下層>上層」で,経済的理由でのバイトが多くを占めるとみられます。しかし欧米諸国ではバイト率の階層差は小さく,イギリスとスウェーデンはほぼナシです。ノルウェーでは,貧困層より富裕層の生徒のほうがバイトしています。
繰り返しますが,バイトの意味合いが違うのでしょう。「社会勉強を兼ね,修学旅行の費用を自分で稼がせてください」。教師のこうした提言に戸惑う生徒や保護者もいるでしょうが,異国ではすんなり受け入れられるはず。
高校学習指導要領では,専門学科においては,就業体験をもって実習に替えることができるという規定があります。普通科でも就業体験を重視することになってますが,目的の明確な一定期間のバイトをもって,単位認定することはできないか。
選挙権が18歳に下げられ,成人年齢も20歳から18歳に下げられることが決まっています。高校生活において,社会との接点を増やしてもいいのではないか。むろん,学業に支障が及ぶまでの児童労働は,社会の力で撲滅されねばなりません。しかし貧困対策の文脈を強調するあまり,「働くこと=可哀想」というイメージを定着させてはなりますまい。