2020年10月10日土曜日

失業と自殺の関連の都道府県比較

  双極性障害で仕事を失い生活保護を受けていたが,ウーバーの配達の仕事を始めて,保護を脱却した32歳男性の記事があります(読売新聞オンライン)。

 ツイッターに「生活保護を脱出します!」という宣言を書き,その後の進展状況を報告。フォロワーから励ましの声を受け奮起し,本当に実現に至ったそうです。これも,予言の自己成就ってやつでしょうか。

 生活保護は生存権を保障する最後の砦で,どうにもならなくなったらこの制度にすがってもいいのですが,そう簡単にはいきません。年齢が若いと,「働けるはず」「親に頼りなさい」などと申請書をつっぱねられます。上記の男性は32歳とのことですが,保護受給に至るまでの過程は平たんではなかったと推測されます。

 コロナ禍で雇い止めが増え,困窮状態の人が増えているのですが,生活保護の統計をみてみると,あら不思議,受給者も受給世帯数も増えてないのですよね。以下のスクショは厚労省資料からのもので,左は保護受給者数,右は保護受給世帯数です。


 役所の水際作戦が強まっていること,困窮状態でも「保護を受けるのは恥」と申請を考えない人が多いこと,という2つの面が考えられます。いずれも「日本的」で,おそらく海外では生活保護利用が爆増しているのではないでしょうか。フランスでは,若者も遠慮なく生活保護をガンガン受けるといいますしね。

 私は前に,失業と自殺の関連の強さが国によって異なる,ということを明らかにしました。時系列データによる検討で,日本では両者は非常に強く相関しますが,南欧のスペインでは無相関です。失業率が激しくふれようが,自殺率はほぼ一定。対して日本では,失業率が上がると,それに呼応して自殺率も跳ね上がります。先進諸国では,こういう国は日本だけです。
https://tmaita77.blogspot.com/2020/03/blog-post_30.html

 この違いは,生活保護のようなセーフティネットがどれほど機能しているか,の差によるともいえないでしょうか。それが脆弱な日本では,失業率が5%とかになったら大変です。公的扶助に頼りにくい,ないしはそれをよしとしない国民は,自らを殺める方向に傾いてしまう。

 7~8月の自殺者は前年同月より増えましたが,生活保護受給者はその逆です(上記統計)。社会に救われなかった困窮者が,思いつめて最悪の行動に走ってしまったことはあり得ないか。これから寒くなってきますが,保護受給者が減る一方で自殺者が増える傾向が出たりしたら,「日本ではセーフティネットが機能していない」と,国際社会からバッシングされても仕方ありますまい。

 こんな事情から,日本では失業と自殺が非常に強く相関するのですが,国内でみると地域差があります。上記の記事では国際差をみましたが,ここでは,国内の地域差を明らかにしています。47都道府県による違いです。

 私は47都道府県ごとに,失業率と男性自殺率の時系列推移を明らかにしました。失業率は,『労働力調査』の時系列統計に計算済のデータが出ています。1997~2019年までの年平均です。男性の自殺率は,厚労省『人口動態統計』に出ている男性自殺者数を,各年の10月時点の日本人男性人口で割って出しました。自殺率を男性に限ったのは,両性の自殺率よりも,失業率との関連をより鮮明に見いだせると考えたからです。

 以下に示すのは,東京都と私の郷里の鹿児島県の推移データです。


 1997年からの22年間の推移です。97年から98年にかけて,失業率がボンと上がっています。「98年問題」といわれる,経済状況の悪化です。大手の山一證券が倒産したのは97年のことです。それに伴い,自殺率も跳ね上がっています。多くが,リストラされた中高年のお父さんでしょう。

 東京では,男性自殺率が23.9から32.9へと急増しています。たった1年間で11ポイントの増加です。鹿児島よりも,「98年問題」に伴う自殺の増加幅が大きいですね。東京は雇用労働が多いんで,「失業=即生活破綻」という構図の色合いが強いのでしょう。

 黄色マークは観察期間中の最高値,青色マークは最低値ですが,東京は,失業と自殺のマークの年がきれいに重なっています。失業と自殺の統計量が似た動きを示している,ということです。

 地方農村県の鹿児島より,大都会の東京のほうが,自殺と失業が強く関連していそうですね。関連をイメージするため,横軸に失業率,縦軸に男性自殺率をとった座標上に,1997~2019年のドットを配置した相関図にしてみます。東京のデータです。


 右上がりの強いプラスの相関が出ています。失業率が高い年ほど男性の自殺率は高い,という傾向です。右上は失業も自殺も多かった暗黒の頃ですが,私の世代が「学校から社会への移行」をした頃です。民間の就職は閉塞,公務員試験の倍率はメチャ高。ホント,大変でした。われわれがロスジェネと呼ばれる所以です。

 対して,最近の2017~19年のドットは左下にあります。景気回復で,失業率も自殺率も下がってきているからです。

 2つの指標の相関係数を出すと,+0.889となります。失業率と男性自殺率の相関強度の可視化です。東京では,+0.9近くにもなるのですね。この数値は鹿児島だと+0.734で,東京よりは低くなっています。自営業が比較的多い,貨幣に依存しない贈与経済が比較的残っているなどの条件があるためでしょう。とはいえ,強い相関であることには変わりませんが。

 1997~2019年の時系列推移による,失業と自殺の相関係数は,東京は+0.889,鹿児島は+0.734と出ました。では他県はどうでしょう。全県の同じデータをもとに,相関係数をはじき出しました。以下の表は,高い順に並べたものです。


 どうでしょう。上位には,都市的な地域が多くなっています。上位5位は,福岡,沖縄,東京,神奈川,大阪です。一方,下位には地方県が多いように思えます。

 上述のように,都市部では貨幣経済一辺倒で,人間関係も希薄なので,自身の収入源が断たれると,にっちもさっちも行かなくなる度合いが高いと。

 そういう時にすがるべきは,生活保護のような公的扶助なのですが,首位の福岡,中でも北九州市は運用が厳しいと評判がたったことがあります。2007年,生活保護を打ち切られた50代男性が「おにぎり食いたい」と書き残して餓死した事件が,本市で起きました。福岡県が首位というのも,ちょっとばかり示唆的です。

 上表の地域データは,賃金労働以外の経済(オルタナティブ)がどれほどあるか,またセーフティネットの機能の度合い,という2つの観点でみるべきかと思います。「失職=生活破綻・自殺」という構図がどれほど強いか。この点を数値化し,自地域の福祉行政の反省材料にすることは,できないことではありません。ここで示した,失業と自殺の相関の数値化は,その術の一つです。

 まあ,こんな込んだことをせずとも,生活保護受給者数と自殺者数という,2つの数値を追ってみるだけでもよし。前者がフラットないしは減少しているのに,後者が増えているとあらば,公的扶助の機能不全を疑う必要アリです。。コロナ禍の今,自地域のこういうデータを丹念に観察し,セーフティネットの機能度合いを点検していただきたいと思います。