スタジオジブリの最新作「コクリコ坂から」を近場の映画館で観てきました。物語のあらすじは申しませんが,1963年(昭和38年)という時代を思わせる,「生活臭」ただようお話でした。
http://kokurikozaka.jp/
マッチで火をつけて,お釜でご飯を炊く,活気ある商店街…。物語の主人公は,松崎海という高校2年生の少女ですが,年齢にすると17歳でしょうから,戦争が終わって間もない1946年(昭和21年)生まれと推定されます。私の母親よりも少し下の世代です。現在は,64~65歳くらいになられていると思います。
バスの中で,この世代と思しき高齢者を見かける機会が多いのですが,この方々は,10代後半の多感な思春期を,あのような時代で過ごされたのですね。高齢者をジジイ呼ばわりして,厄介者扱いするのは簡単ですが,彼らが生きてきた時代というのに思いを寄せるならば,そのようなことは,なかなかできなくなります。「高齢者に罵声を浴びせる若者は,彼らが生きてきた時代を想像することができない」という趣旨のセンテンスを,何かの本で読んだ覚えがあります。
私は頭が単純ですので,すっかり,「昔はよかった」というノスタルジーにかられてしまっています。映画では,当時の「明」の部分のみが強調されているにもかかわらず。まあ,こういう「おめでたさ」は脇に置くとして,当時と現在とでは,何が違っているのかしらん。それは無数にあるでしょうけれども,一つだけ統計をお見せしましょう。総務省『労働力調査』の長期統計から作成したものです。下記サイトの表4の(1)から数字をハントしました。
http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.htm
物語の年の少し前の1960年では,就業者のうち,46.6%が自営業ないしは家族従業でした。しかし,2010年現在では,その比率はわずか12.3%です。残りの87.7%は,組織に雇われて働く雇用者となっています。
自営業や家族従業の場合,住む場所と働く場所が一致していること(職住一致)がほとんどでしょう。単純に考えると,1960年では,働く人間の半分ほどが,生活の場と同じ場で仕事をしていたわけです。物語で描かれているような,地域社会の活気ぶりは,このような基盤条件によるところが大きいと思います。ちなみに,松崎海は,丘の上にあるコクリコ荘という下宿屋を切り盛りしている少女です。まぎれもなく,職住一致です。
うって変わって,現在では,就業者のおよそ9割が雇用者です。彼らの多くは,自宅から遠く離れたオフィスに通勤しています。地域社会は,自宅から職場への単なる通り道でしかない,という人も結構いるのではないでしょうか。物心ついた頃から,こういう状況に慣れ親しんでいる私だからこそ,「コクリコ坂から」を観て,感動を覚えるのかもしれません。
しかし,こういう過去の記憶を,高校生の恋愛物語という映画に仕上げて世に問う仕事には,敬意を払います。私も,こういう,人に感動を与えるような仕事をしたいなあ。
主人公が通う高校で,カルチェラタンという,文化系の部室の建物を取り壊すかどうかという,論戦がはられたシーンがありました。松崎海が恋をする風間俊という少年は,椅子の上に立ち上がり,こう呼びかけます。「古くなったから壊すというなら,君たちの頭こそ打ち砕け!…(中略)…新しいものばかりに飛びついて,歴史を顧みない君たちに未来などあるか!」。
まったくもって賛意を表します。私は,教育社会学徒の端くれですが,教育社会学の源流は,デュルケムの『フランス教育思想史』のような歴史研究に見出されます。教育現実というのは,アンケートのような方法だけで把握され得るものではありません。生きた人々の行為は,過去の記録の中にぎっしり詰まっています。こちらのほうが,客観性の高いデータであるといえましょう。私も,自分の関心に即して,過去の記憶を掘り起こす仕事をせねばならぬと感じているところです。
「コクリコ坂から」は,DVD化されるまでしばらくかかるでしょうから,映画館通いしなければ…そうだな,1週間に1度くらい…。多すぎですか?