6月10日の日曜日,大阪の心斎橋で無差別殺傷事件がありました。容疑者は36歳の男性とのこと。私と同じくらいの年齢です。動機として,「家も仕事もなく,自殺しようと思ったができなかった。人を殺せば死刑になると思った」と供述しています。典型的なヤケ型犯罪です。
昨日の朝日新聞web版の記事によると,この容疑者は,先月24日に新潟刑務所を出所したばかりだったそうです。出所後2週間ちょっとで,人を2人も殺める凶行に及んだことになります。この点について,記事では,刑務所出所者の「再犯防止策に課題」ありと指摘しています。
http://www.asahi.com/national/update/0611/OSK201206110024.html
今回の事件の容疑者のように,刑務所を出てから再び罪を犯す輩は,どういう人間なのでしょう。少しばかり,統計資料を紹介したいと思います。
法務省の『矯正統計』2010年版によると,同年中の刑務所入所者のうち,以前に刑務所を出て再び罪を犯して舞い戻ってきた者は15,034人となっています。およそ1万5千人。以下,再入所者ということにします。この再入所者が,再犯時にどういう職業に就いていたかをみると,下表のようです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001076421
全体の72.5%が無職です。多くが,出所後に職を得ることができず生活に困窮した状態であったことがうかがわれます。今回の容疑者もそうでした。
次に,刑務所を出てから再び罪を犯してしまうまでの期間の分布をみてみましょう。今回の容疑者はわずか2週間ちょっとでしたが,全体的な傾向は如何。
全体の22.2%,5人に1人が,出所後半年も経たないうちに罪を犯しています。1年未満が3割,2年未満まで広げると全体の6割がカバーされます。均すと,だいたい1年ちょっとでしょうか。出所してから再び罪を犯すまでの期間は,長くはないことが知られます。
以上のデータは局所のものであって,出所者全体を代表するものではない,といわれるかもしれません。しかるに,そうでもないのです。刑務所出所者のうち,罪を犯して再び舞い戻ってくる確率がどれほどかを計算しました。下表は,2006年中の出所者30,600人の出所後を追跡したものです。上記法務省資料のバックナンバーをつなぎ合わせて作成しました。
30,600人のうち1,768人(5.8%)は,その年のうちに舞い戻ってきています。2008年末までの帰還率は31.1%,2010年末までの帰還率は41.0%なり。おおよその傾向でいうと,刑務所を出た者の17人に1人は1年未満,3人に1人は3年未満で返ってきます。これは,かなりの確率といえるのではないでしょうか。
こうみると,上記の朝日新聞記事の「再犯防止策に課題」ありという指摘も納得です。かつての犯罪仲間との接触というようなプル要因の除去とともに,生活不安・困窮というようなプッシュ要因の解決が求められます。2002年3月に策定された,人権教育及び人権啓発に関する基本計画は,12の人権課題の一つとして,刑を終えて出所した人の人権保障を挙げていますが,これは重要なことであると存じます。
http://www.moj.go.jp/JINKEN/JINKEN83/jinken83.html
今回の事件の容疑者に対し,大阪府の松井知事が「死にたいなら自分で死ね」と苦言を呈したそうですが,日本人は,極限の危機状況に置かれた際,他人ではなく自分を殺めるという,内向的な性格を強く持っています。このことは,昨年の6月26日の記事において,殺人率と自殺率の分析をもとに明らかにしたところです。
しかるに今後は,自分ではなく他人を殺るというような,外向性が強まっていくかもしれません。今回の心斎橋での無差別殺傷事件は,このようなことの警告と読むべきなのかもしれません。機会をみつけて,わが国の殺人率と自殺率の長期トレンドから,今後のすうを予測する作業をしてみようと思っています。