2012年9月15日土曜日

卒業生・修了生の惨状の段階比較

 8月30日の記事では,大学院博士課程修了生の惨状を紹介したのですが,この記事をみてくださる方が多いようです。ツイッターを拝見すると,「博士課程に行くのはやめようかな」という類のつぶやきが散見されます。

 いたずらに危機感を煽るものではありませんが,生半可な考えで進学すると,悲惨な末路をたどるハメになる確率が高いことをお知りいただければと存じます。まあ,言わずもがなですが。

 でも,修士課程までなら進んでもいいかな,とお思いの方はたくさんおられると思います。9月9日の記事でみたように,大学卒業者の約1割が修士課程に進学しているとみられます。理系の専攻では,修士課程への進学率はもっと高いことでしょう。

 8月30日の記事では博士課程修了生,9月9日の記事では大学卒業生の進路(惨状)をみました。今回は,その中間に位置する修士課程修了生の状況にも目配りします。

 ただ,先の2つの記事と同じことをベタに繰り返しても面白くありません。私がここにてやろうとしていることは,タイトルのごとく,卒業生・修了生の惨状の度合いが,3つの段階(学部,修士,博士)でどう異なるかを比較することです。どの段階まで進もうかしらん,とお考えの方の参考になればと存じます。

 まずは,3段階の卒業生・修了生の進路構成を比べることから始めましょう。2011年の文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』によると,同年春の大学卒業者は55万2千人,修士課程修了者は7万5千人,博士課程修了者(単位取得満期退学者含む)は1万6千人です。下図は,各々の進路構成を図示したものです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011528


 赤色は就職率(非正規含む)ですが,ほう,修士課程修了者が72.3%と最も高くなっています。その分,この段階では,⑤~⑦の無業・死亡・進路不明率が最小です。ざっとみた限りでは,惨状の度合いが最も低いのは,修士課程の修了者のようです。

 これをどうみたものでしょう。理系の場合,修士まで出たほうが就職に有利ということをよく聞きますが,理系専攻の修士(Master)らが健闘している,ということでしょうか。大学院の場合,理系専攻の学生が多くを占めますし。

 どうやら,専攻別に観察してみる必要がありそうです。細かい専攻分野まで下りると数が少なくなりますので,大まかな専攻系列ごとの統計を出してみましょう。3つの段階について,専攻系列別の無業者率と死亡・進路不明率を計算しました。無業者率とは,上図でいう⑤と⑥の者が全体に占める比率です。死亡・進路不明率は,⑦の者の比率です。


 無業者率と死亡・進路不明率の合算値をもって,惨状の度合いのバロメーターとしましょう。全専攻をひっくるめた全体の傾向でいうと,この意味での惨状値は修士課程で最も低くなっています。これは,先の図でみた通りです。

 しかるに,様相は専攻によって違っています。学生数が多い理系の専攻は,全体の傾向に即していますが,文系の専攻はさにあらず。人文科学系は,学部→修士→博士と段階を上がるにつれて,惨状の度合いが増していきます。この専攻の場合,両指標の合算値は,学部卒は28.9%,修士卒は36.9%,博士卒は63.2%です。修士と博士の溝が明確ですなあ。

 一方,工学専攻の場合は,順に,11.9%,6.7%,27.4%となります。人文系の右上がり型とは違ったV字型(谷型)です。

 それぞれの専攻系列について,3段階の変化を可視的に表現してみましょう。横軸に無業者率(⑤+⑥),縦軸に死亡・進路不明率(⑦)をとった座標上に,各専攻の3段階の数値を位置づけて,線で結んでみました。aは学部,bは修士課程,cは博士課程です。

 10の専攻の折れ線を一つの座標に盛り込むと,グチャグチャになりますので,2専攻ごとに分けています。なお,中間のbの記号の記載を省略している図もあります。


 いかがでしょう。人文系と芸術系は,学士,修士,博士となるにしたがい,右上のデンジャラス(デッド)・ゾーンに昇っていきます。言葉がよくないですが,まさに「昇天」です。人文系では,bとcの距離が大きくなっています。先に申したように,修士と博士の断絶が大きい,ということです。

 社会科学系や私が出た教育系は,bとcの垂直方向の距離が大きいようです。これは,博士課程に行くと死亡・進路不明率が殊に高まることを示唆します。

 理系の専攻はというと,L字を斜めにしたような型です。修士まではいいが,それより上はヤバイ,ということです。まあ,その程度は文系の専攻に比したら小さいのですが。

 以上をもって,卒業・修了生の惨状の段階比較を終わります。人文系,社会系,教育系,および芸術系の分野において,博士課程進学を希望される方は,上図を部屋の壁にでも貼って,気を引き締めていただければと存じます。