乳幼児がいる世帯の共働き率と,乳幼児が被害者である虐待相談件数の相関図です(47都道府県)。後者は,0~5歳人口1万人あたりの数にしています。2014年度間の相談件数を,同年10月時点の0~5歳人口で除した値です。
共働き世帯率と虐待相談率の間には,有意なマイナスの相関関係がみられます。傾向としては,共働きが多い県ほど,虐待の相談件数が少ない。これが因果の関係を含むならば,育児ストレスの解放のような事態を想起できます。
しかし,本当の要因は核家族世帯率ではないか,とも思われます。同居の親のサポートがないと,イライラが募り,虐待が生じやすい。あり得る事態です。
この要因を考慮しても,共働き率の虐待抑止効果がみられるか。この問題を検討すべく,私は,県別の虐待相談率を目的変数,核家族世帯率と共働き世帯率を説明変数に立てた重回帰分析を行いました。
核家族世帯率と共働き世帯率は,6歳未満の子がいる世帯(一人親世帯は除く)の中での比率です。2012年10月時点の値で,総務省『就業構造基本調査』のデータより計算しました。
では,分析に使うデータを全部見ていただきましょう。47都道府県の指標の一覧です。繰り返しますが,虐待相談率とは,就学前の乳幼児が被害者である虐待相談が,0~5歳人口1万人あたりでみて何件かです。分子は2014年度間,分母は同年10月時点の数値を使って算出しました。
黄色は最高値,青色は最低値ですが,どの指標も大きな都道府県差がありますね。
47都道府県のデータを使って相関係数を出すと,虐待相談率と核家族世帯率は+0.3909,虐待相談率と共働き世帯率は-0.5414(最初の図)となります。
単相関係数で見る限り,虐待相談の多寡は,核家族世帯率より共働き世帯率と強く相関しています。しかし単相関係数でもって,目的変数に対する影響度を知ることはできません。両者が重なっている可能性もあります。そこで,2つを同時に投入して,目的変数への影響度を個別に析出する必要があります。
そのために使われるのが,重回帰分析です。重回帰分析とは,複数の説明変数から目的変数を予測する式を作る手法です。核家族世帯率(X1)と共働き世帯率(X2)から,虐待相談率(Y)を予測する式を作ると,以下のようになります。
Y=0.2542X1-1.7008X2+117.2373
この式から出される虐待相談率の理論値と,上表にある実測値の相関係数は+0.5434で,それを二乗した決定係数は0.2952です。この係数から,目的変数の都道府県分散の3割ほどが,ここで投入した2つの要因で説明されることが知られます。2要因の単純モデルとしては,この予測式の精度は合格です(p < 0.01)。
係数の符号から,核家族世帯率は各県の虐待相談率にプラス,共働き世帯率はマイナスの影響を有していることが知られます。係数の絶対値から,共働き世帯率のほうが影響が大きいように見えますが,X1とX2では単位が違いますので,この値をそのまま読んではダメです。
そこで,それぞれの要因の単位を考慮し,同列で比較できるように係数を標準化します。これが標準化偏回帰係数(β値)であり,目的変数への独自の影響度は,この値の絶対値でもって測られます。
下表は,標準化されたβ値です。
簡単な言い回しで言うと,虐待防止に際しては,三世代の同居よりも,共働きの促進のほうが効果がある,ということです。そのための最良の戦略が,保育所の増設であることは言うまでもないことです。
このモデルは単純すぎる,もっと多くの要因を投入すべきだという意見もあるでしょうが,都市化率,県民所得,保育所在所率などを同時投入すると,多重共線が生じ,重回帰式の予測の精度が落ちることを知りました。核家族世帯率と共働き世帯率の組み合わせがベストなので,これらに絞ったことを申し添えます。
「同居か?共働きか?」。マクロ統計から分かる,ジャッジの判断材料をここに提示いたします。