内閣府が2018年に実施した『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』の結果が公表されました。主要7か国の13~29歳を対象とした,意識や生活実態の調査です。
https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/ishiki/h30/pdf-index.html
調査票をみると,興味深い設問が盛りだくさんですが,ありがたいことに,申請すればローデータを送ってくれます。私は早速申請し,ローデータのファイル(エクセル)をメールで送ってもらいました。7か国,7472人のデータです。
昨日,文科省HPをのぞいてみたら,学校教育の情報化の推進に関する法律が制定・施行されたとあります。日本の学校の情報化(ICT化)のレベルは世界最低なんですが,これをどうにかしようということでしょう。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1418577.htm
これからは,学校で大量の紙が配られることはなくなり,庶務連絡や宿題の提出等もネット経由になるかもしれないですね。そうなれば,生徒もパソコンを持たざるをえなくなります。
はて,日本の生徒のパソコン所持率はどれくらいなのか。上記の調査にて,バッチリ尋ねられています。調査票のF18です。スマホ,タブレット,ノートパソコン,デスクトップパソコン,携帯ゲーム機器の所持率を出すことができます。
上述のように調査対象の年齢は13~29歳と広いのですが,10代前半,10代後半,20代前半,20代後半,というように区分してみます。13~15歳,16~19歳。20~24歳,25~29歳の4群に分けましょう。
これら4つの年齢層に分け,5つの機器の所持率を国別に計算してみました。以下に,一覧表を掲げます。個票データから,私が独自に算出した数値であることを申し添えます。
スマホの所持率は高いですね。10代後半以降は,どの国でも9割以上となっています。ただ10代前半では,日本は79.2%で他国と開いています。あまり早くスマホを持たせるのはよくないと,頑なに考えている親御さんもいますからね。しかし海外でそんなことを言ったら,嘲笑されるでしょう。
タブレットは,日本はどの段階でも25%前後で,7か国では最も低くなっています。いわゆるデジタル教科書の普及度の違いでしょうか。中学生段階でみると,イギリスとスウェーデンは6割を超えています。
日本でも,今年度より紙の教科書に代えてデジタル教科書を使用できることになっています。分厚い紙の教科書を何冊も詰め込んだ重いランドセルを背負わせるのは,子どもの健康をも害します。デジタルなら全教科,薄いタブレット1台でOK。音声や動画等の効果も期待でき,とりわけ特別支援教育の現場で重宝するでしょう。
予想通りと言いますか,パソコンの所持率は低いですね。10代前半では,ノートは19.7%,デスクトップに至ってはわずか8.1%で,他国と比して陥落が目立っています。その一方で,携帯ゲーム機器の所持率は49.7%でトップ。むーん,ちょっと寂しい気持ちになります…。
調査票をみると,「あなたは***を持っていますか?」という聞き方なので,自分専用ではないけれど,家にはあるという生徒は多いかもしれません。家族共用で使っていると。OECDの国際学力調査「PISA 2015」では,15歳の生徒に「自宅にコンピュータが何台あるか?」と問うています。上記の7か国にデンマークを加えた8か国の回答を見ると,以下のようになります。
https://nces.ed.gov/surveys/international/ide/
家に1台もないという生徒は,日本でも少数派です。どうやら,自分専用のPCを持ってないという子が多いようですね。イギリス,ドイツ,スウェーデン,デンマークでは半分以上の生徒が「3台以上」と答えており,専用のPCを持っている子が多いと推測されます。
学校のICT化が進んだ北欧の諸国では,自分専用のPCはほぼ必須でしょう。日本はそうではなく,自宅に鎮座しているPCを家族と共有で使う生徒がどれほどいるか。あまりいないのではないでしょうか。
なぜ,日本の生徒はパソコンを持たないか。子育て世帯の家計が苦しく,お金がないからでしょうか。この要因の寄与が大きいなら,余裕のある家庭では所持率が高く,そうでない家庭では低いという,階層格差があるはずです。
家庭の年収とのクロスがとれるといいのですが,内閣府の調査ではこの変数は盛られていません。次善の策として,父親の学歴との関連をみてみましょう。13~15歳の生徒を,父大卒群とその他の群に分け,ノートパソコンの所持率を出してみました。
どの社会でも,大卒家庭の生徒のPC所持率が高くなっています。韓国は20ポイント以上の開きがあり,階層差が大きいですね。しかし日本は,大卒群が22%,その他が17%で,大きな差ではありません。
日本では,家庭環境にの関係なく,生徒のPC所持率が低いようです。余裕のある家庭であっても,パソコンを買い与えないのでしょうか。私としては,さもありなんという感じです。今時,パソコンはそんなに高い買い物ではないですしね。
大きいのは,パソコンを必須ならしめる環境に置かれていないことでしょう。学校からの庶務連絡は紙で,授業でコンピュータが使われることはほとんどなく,PCでの調べものや解析が必要な宿題も出ません。
私は大学で教えていた時,3年生の調査統計の授業で,エクセルで簡単な棒グラフも作れない学生さんが多いことに驚きました。話を聞くと,「エクセルなんて1年時の情報処理の授業以来,開いたことがない」とのこと。これは,PCを必須ならしめる環境を用意していない大学の責任だな,と強く感じました。IT人材,データサイエンティストの育成を掲げていますが,今も当時と同じままだとしたら,そんなフレーズは聞いて呆れます。
なぜパソコンにそんなに拘るのか,情報収集や仲間とのSNSのやり取りはスマホで十分じゃん,と言われるかもしれません。しかしですね,情報化社会を生き抜くには,それだけでは足りないのです。スマホをボケ―と眺めて,面白おかしい記事のシェアボタンをタップしているだけではダメ。収集した情報を組み合わせ(加工し),創作物を生み出し,発信するチカラも必要なのです。
それには,スマホよりもパソコンが適しています(現時点では)。パソコンを持たない日本の生徒が,創作物の発信活動をどれほどしているかは,推して知るべし。下図は,15歳の生徒に「学校外で,コンピュータを使って創作物(created contents)をどれほど発信するか」を訊いた結果です。
朝日新聞流の中抜きグラフにしましたが,日本では「ほとんど,ないしは全くしない」という生徒が8割で,週に1回以上する生徒は1割しかいません。
これでは,情報化社会の荒波を自分の力で泳いでいく力は育たず,情報を受動的に消費するだけの「情報メタボ」が量産されるだけでしょう。そういう人は「自分の頭で考える」習慣がないので,時流に簡単に流される弱さを持っています。
最近,政府与党を支持する若者が多くなっているそうですが,「投げやりな人は,強力な独裁者を希求する」という,何かの本に書いてあったフレーズを思い出します。生きる道を水路づけてもらったほうがラクだからです。
インターネットの普及により,誰もが思うがままの情報を自前で発信できるようになりました。発信する側になるときもあれば,消費する側に回るときもある。もっぱら後者に終始するというのは,あまりに勿体ないことです。いや,ヤバいことだと思います。
20世紀は一つの会社に長く勤続する正社員の時代でしたが,21世紀は,自分のスキルを売りに色々な組織を渡り歩く時代,ないしはフリーランスの時代であると思っています。こういう時代では,ネットを通じて自分を「売り込む」スキルが不可欠です。子どもの頃から,自分の作品をネットで発信するなどは,それを鍛える最良の訓練になります。しかし,日本の現状は上記のグラフの通り。これはよくない。
学校教育の情報化の推進に関する法律もできたことですし,今後は状況が変わっていくものと思います。インターネットという文明の利器を,積極的な意味合いで使う若者が増えることを願います。パソコンの所持率は,それを可視的に見て取る指標であるともいえるでしょう。