2012年7月19日木曜日

教員の趣味・娯楽

 私は車を運転しないので,よくは知りませんが,車のハンドルには「あそび」が必要であるといいます。「あそび」とは,左右にハンドルを動かしても,車軸に影響しない範囲のことです。なるほど。確かに,こういう「あそび」がないと,車の走行はぎこちないものになるでしょう。

 それと同様,人間にも「あそび」は必要です。「あそび」は否定的に捉えられがちですが,人間の生活構造の重要な一角を構成しています。「くつろぎ」,「仕事」,そして「あそび」というような,各領域の均衡がとれている状態が望ましいといえます。

 今回は,生活者としての教員の「あそび」がどういうものかをみてみます。具体的にいうと,教員の各種の趣味や娯楽行動の実施頻度を数字で出してみます。資料は,このほど公表された,2011年の総務省『社会生活基本調査』です。

 この資料から,2000年10月20日~2011年10月19日までの1年間における,教員の趣味・娯楽行動の実施率を計算することができます。本調査のサンプルとなった教員には,学校教育法第1条で規定されている正規の学校の教員のほか,専修・各種学校の教員も含まれています。しかるに,母集団の構成からして,多くが小中高の教員であるとみられます。

 さて,上記調査の結果から,母集団の傾向を推し量ると,教員約144.4万人のうち,この1年の間に何らかの趣味ないしは娯楽を行った者は137.3万人と見積もられます(下記サイトの表48-1)。実施率は,後者を前者で除して95.1%です。まあ当然ですが,ほぼ全ての者が,何らかの趣味や娯楽を持っています。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001039114&cycode=0

 しかるに,趣味や娯楽といっても,いろいろなものがあります。教員の実施率が高いのは,どういうものでしょう。上記調査から,34種類の行動の実施率を出すことができます。教員の特徴を検出するため,前々回と同様,専門・技術職全体と有業者全体の数値と比べてみました。


 3群の中で最も高い数値は赤色にしました。ほう。多くの行動の実施率が,教員で最も高くなっています。教員は,類似業者や有業者全体と比べて,各種の趣味や娯楽の実施頻度が高いようです。

 教員の率が,他の2群よりも際立って高い場合(2位の数値よりも5ポイント以上高),黄色のマークをしました。教員に固有の趣味・娯楽であることを示す,メルクマールとみてよいでしょう。美術,音楽,園芸,そして読書など,文化的なものが多くなっています。

 教員は視野が狭いといいますが,普通の人間に比べれば,「あそび」の領域も充実しているではないですか。しかしながら,最近10年間の変化をとってみると,違った側面がみえてきます。

 前々回と同じく,2001年の『社会生活基本調査』の数値と比較してみましょう。上表の34の行動のうち,18のものについては,2001年調査の実施率も出せます。2000年10月20日~2001年10月20日までの間の実施率です。

 横軸に2001年調査,縦軸に2011年調査の実施率をとった座標上に,18の趣味・娯楽行動をプロットしてみました。教員の趣味・娯楽行動の実施頻度がどう変わったかを,視覚的にみて取れる仕掛けになっています。


 図中の斜線は均等線です。この線よりも上方にある場合,2011年の実施率が2001年を上回ることを意味します。下方にある場合は,その反対です。

 どうでしょう。この10年間で実施率がアップしたのは,18のうち2つだけです(赤色)。残りの16の行動は,実施率が下がっています。

 均等線よりも垂直方向の距離が大きいほど,実施率が大きく変動したことになります。10ポイント以上の低下をみたのは,演芸・演劇・舞踊鑑賞,美術鑑賞,そしてカラオケです。カラオケは,51.1%から35.3%と,15.8ポイントの減なり。*上図の(  )内の数値は,10年間の実施率の増減ポイントです。

 前々回の記事では,教員の各種の学習行動実施率が,この10年間で下がっていることを知りました。今回は,趣味・娯楽という「あそび」の面にスポットを当てたのですが,こちらも味気ないものになってきていることがうかがわれます。

 先の記事でもいいましたが,この10年間,いろいろなことがありました。教育基本法改正,学校(教員)評価制度導入,教員組織の階層化(主幹教諭など,新職種導入),教員免許更新制施行など。

 こうした変動のなか,教員の職務への入れ込み具合は向上したかもしれません(勤務時間増,研修頻度増・・・)。しかるに,そのような職業人としての面とは別の,「生活者」としての側面は荒んできているようです。冒頭の比喩との兼ね合いでいうと,生活を円滑ならしめる「あそび」が失われてきているように思われます。

 5月15日に公表された,中教審の審議まとめ「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」は,これからの教員に求められる資質として,専門的な知識や技術のほかに,「総合的な人間力」というものを挙げています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo11/sonota/1321079.htm

 人間力という言い方には違和感を覚えますので言い換えますが,広義の人間性の肥やしとなるのは,職務とは「無関係」の教養,文化,趣味・娯楽であると私は考えます。現行の政策は,人間性のこうした源泉を枯れさせる方向に動いているような印象を受けます。今回のデータをみて,そうした印象が確信へと変わった次第です。

 最後に,「カラオケ」について一言。先ほどみたように,教員の娯楽行動のうち,最近10年間の実施率の落ち込みが最も大きいのはカラオケです。私は学部4年の時,都内の公立小学校に教育実習に行ったのですが,そこの先生方はまあカラオケがお好きなようで,週に1,2回のペースで,みなさんで歌いに行かれていました。私も連れていかれました。

 研究授業の前日の晩に「来い」といわれたときは,さすがに躊躇したのですが,「こういうのに来ないとダメなんだよ!」と一喝され,結局,日付が変わるまで引っ張り回されました。

 翌日(当日)の研究授業がどういうものになったかは申しませんが,この学校の教員集団の凝集性を高めるツールとして,カラオケが機能しているんだなあ,と強く感じた次第です。

 こういう経験を持つ私としては,教員のカラオケ実施率の低下は,教員集団の凝集性(連帯)が低下していることを示すのではないか,という危惧を持ちます。上述のように,教員評価の導入や新職階の創設など,教員間の差異化・分裂化(differentiation)を促すような条件が出てきていることも,このような懸念を強くします。

 私の単なる思い過ごしであることを祈ります。これからは,教員のカラオケ実施率というような指標にも注意していこうと思います。長くなったので,この辺で。