今回は,国民の悩みシリーズの締めとして,収入や資産のことで悩んでいる人間の量を明らかにしてみようと思います。
資料は,これまでと同じく,内閣府の『国民生活に関する世論調査』です。この調査では,20歳以上の対象者に対し,悩みや不安の有無を尋ねています。2010年調査の結果をみると,この問いに対し,「ある」と答えた者は全体の68.4%,およそ7割です。
http://www8.cao.go.jp/survey/index-ko.html
悩みや不安がある者に対し,その具体的な事由を複数回答で尋ねたところ,「現在の収入や資産」を選んだのは33.0%,「今後の収入や資産」を選んだのは39.7%でした。
したがって,それぞれの事由で悩んでいる者の比率を対象者全体ベースで出すと,以下のようになります。前者でいうと,「全体の68.4%のうちの33.0%」です。
現在の収入や資産 ⇒ 68.4 × 0.01 × 33.0 ≒ 22.6%
今後の収入や資産 ⇒ 68.4 × 0.01 × 39.7 ≒ 27.2%
国民のおよそ5人に1人が現在の収入,4人に1人が今後の収入のことで悩んでいるようです。最近の状況を考えると,さもありなんです。かくいう私のそのうちの一人。ちなみに,この比率は1990年代以降,ぐんぐん上がってきています。上記の世論調査の時系列データを,隔年でたどってみました。*1998年と2000年は,調査が実施されていません。
双方とも右上がりですが,1996年と99年の間に大きな段差がみられます。「98年問題」に象徴されるように,この時期にわが国の経済状況は大きく悪化したことの影響が表れています。
ピークは2008年にありますが,これはリーマンショックによるものでしょう。最近は率がやや下がっていますが,収入や資産に関する悩み・不安の蔓延度が,以前に比して相当高くなっていることに注意しなければなりますまい。
なお,時期を問わず,現在よりも今後の収入のことで悩む人間が多いようです。7月8日の記事では,「今後の生活が悪くなっていく」と考える,展望不良状態の者が増えてきていることをみましたが,このことと綺麗にリンクしているように思います。
では,年齢層別のデータもみてみましょう。90年代以降の年齢層別の様相を上から俯瞰した場合,どういう模様が観察されるでしょうか。どの部分に膿が見出されるでしょうか。まずは,「現在」の収入・資産のことで悩んでいる者の比率を,「時代×年齢」の社会地図で表現してみます。
ほう。近年の働き盛りの年齢層に,暗雲が立ち込めています。黒色の膿が,40代から50代の前半の箇所に広がっています。この層では,3人に1人が収入や資産のことで悩んでいることが知られます。
この年齢層は,子どもの扶養と老親の扶養を共に強いられる,サンドイッチ年代です。また,多くが住宅ローンも抱えていることでしょう。要するに,経済的な負担が最も大きい年齢層なのですが,近年の状況下では,その負担は一層増しているものと思われます。
なお,20代後半の箇所に膿があることにも見逃せません。買い手市場のなか,初任給を相当引き下げられているケースも多いのではないでしょうか。
次に,「今後」の収入・資産のことで悩んでいる者の比率を,同じ図式で俯瞰してみましょう。
こちらも,最近の働き盛りの層が,怪しいグレーに覆われています。今日では,30~40代の4割弱が,今後の収入や資産に関する悩みに苛まれています。2008年の黒色の膿は,リーマンショックの傷跡を表現しているものと読めます。
今の日本社会では,国民の間に,収入や資産に関する悩み・不安が蔓延していること,そのことはとりわけ30~50代あたりの働き盛りの年齢層で顕著であることを知りました。まあ,日常的な感覚でも察知できることですが,データで可視的に表現してみると,空恐ろしいものがあります。
国会の廊下の壁に,この手の社会地図を展示してみたらどうでしょう。議員さんたちに,「空恐ろしい」思いを常日頃味わっていただくのです。視覚に訴える統計図をドーンと提示するするのは,強烈なパンチになることと思います。
そういえば,埼玉県の上田清司知事は統計がお好きなようで,知事室の壁にはさまざまな統計グラフが貼られているとのこと。しかるに,さすがの知事も,「時代×年齢」の社会地図図式についてはご存知ないでしょう。サンプルを送ってみようかしらん。
拙著『47都道府県の子どたち』(武蔵野大学出版会,2008年)を送ったときは,直筆の丁寧なお返事をいただきました。今度は,どういう反応がくることやら。