近年,景気が上向いてきたこともあってか,わが国の自殺率は低下をみています。人口10万人あたりの自殺者数は,前世紀末の1999年では24.8でしたが,2012年では20.7となっています。
これは人口全体の自殺率ですが,年齢別にみるとどうでしょうか。最近は,当局の公表資料がとても充実してきており,分母の人口,分子の自殺者数とも,1歳刻みの年齢別に得ることができます。前者のソースは総務省『人口推計年報』,後者は厚労省『人口動態統計』です。
私は,1999年と2012年について,年齢別の自殺率を計算し,各々の点をつないだ自殺率年齢曲線を描いてみました。自殺率とは,ベースの人口10万人あたりの自殺者が何人か,という意味です。2012年では私は36歳でしたが,この年の36歳人口は180.3万人,自殺者は403人なので,10万人あたりの自殺率は22.4となる次第です。
では,両年の2本の折れ線をみていただきましょう。
全体の傾向と同様,ほとんどの年齢で自殺率は下がっていますね。とくに50代の中高年層で,自殺率の低下が顕著です。1997年から98年にかけて日本の経済状況は急激に悪化し(98年問題),自殺者数が一気に3万人台に増えました。その増分の多くが,リストラに遭った中高年男性であったことはよく知られています。
1999年といったら,この「魔の年」の翌年です。50代の部分が大きく突出しているというのは頷けます。最近では,そうした事態がやや緩和されている,ということでしょう。
しかるに,全体の傾向とは裏腹に,この期間中に自殺率が増加している層があります。20代の若年層です。この層だけは,赤色の線が青色よりも上にあります。
就職失敗を苦に自殺する大学生が増えていることや,若者を低賃金で死ぬほど働かせる「ブラック企業」の増殖などを思うと,さもありなんです。しかし,自殺率が高まっているのは若年層だけというのは知らなかった・・・。
この現象を,もう少し仔細に解剖してみましょう。私は,20代の自殺率の増加が著しいのはどういう地域かに興味を持ち,この年齢層の自殺率を都道府県別に明らかにしました。20代の自殺者数を47都道府県別に分けたら,かなり少なくなるだろうと言われるかもしれませんが,無理を承知で率を出してみました。そこで,分母と分子の数値も提示いたします。
下表は,1999年と2012年における,20代の自殺率の都道府県別一覧表です。自殺率の最高値には黄色,最低値には青色のマークをし,上位5位の数値は赤色にしています。
また,各県の増減が分かるよう,1999~2012年にかけて自殺率が1.5倍以上増の県には「↗」,2.0倍以上増には「↗↗」,減少の県には「↙」の記号を付しました。
2012年の県別自殺率をみると,東京などの大都市で率が高いかと思いきや,上位県はすべて地方県です。また,この13年間の変化でみても,若者の自殺率増が顕著なのは地方県なり。東京や神奈川とかは,自殺率が下がってるじゃん。
シューカツ失敗自殺やブラック企業のような病理は,都市部に多いような印象を持ちますが,地方でもあるのかもな。就職戦線は,地方の学生のほうが苦戦を強いられる度合いは高そうだし。
2011年2月には,就職が決まらないことを悲観した鹿児島大学の学生が,高速バス横転させる事件が起きています。大阪発鹿児島行きの夜行便だったそうですが,シューカツ帰りの車中での凶行だったのでしょうか。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/02/27/kiji/K20110227000329520.html
また地方では,いつまでも無職や未婚でいることに対する,地域の目線も比較的厳しいのかもしれません。このことも,地方の若者を焦らせる一因なのではないかしらん。
最後に,20代の県別自殺率を地図化(mapping)しておきましょう。1999年と2012年の地図を並べてみると,若者の危機状況の強まりがリアルにみてとれます。
人口全体の自殺率マップの模様は薄くなっていますが,若者の図はさにあらず。全国的に怪しい色が広がってきています。たとえがよくないですが,病理の広がりです。
今回みたのは,人口中の1割ほどを占めるに過ぎない20代の自殺率ですが,社会の局所の問題とみるべきではありますまい。未来の担う若年層の危機状況は,まぎれもなく社会全体にとっても危機をも意味します。
東京オリンピックが開催される2020(平成32)年では,上記の地図の模様はどうなっているか。オリンピックは希望の象徴といわれますが,危機や困難が若者に集中している「希望なき」日本において,この聖なる行事を催すのはいささか奇異です。
新卒重視採用のような奇妙な慣行の是正,若者を食い潰すブラック企業の撲滅・・・。既に着手されていることですが,若者の自殺統計を眺めた今,こうした取組をもっと徹底することの必要性を感じます。