苅谷剛彦教授が『階層化日本と教育危機』(有信堂)という著作において,意欲格差(インセンティブ・ディバイド)という現象を指摘したのは,2001年,今世紀の初頭です。それから15年経過しましたが,この現象はどうなっているのか。
私は,子どもの勉強時間の分布に注目することとしました。これは,文科省の『全国学力・学習状況調査』に載っています。このデータから,勉強をする子としない子の分化,勉学時間格差の様相を数値で可視化してみようと思います。
なお,全国データをみるだけでは面白くないので,地域差という視点も据えましょう。上記調査であ,都道府県別の勉強時間分布も明らかにされています。私は,最新の2015年度調査の資料にあたって,公立小学校6年生の勉強時間分布を県別に採取しました。
小6児童の勉強時間分布は,県によって多様です。全県を観察すると,とりわけ大阪の分布の特異性が目立っています。下表は,大阪の公立小学校6年生について,休日1日あたりの勉強時間分布を示したものです。
有効回答を寄せた73093人の分布ですが,半分が1時間未満,ゼロ勉強も2割います。その一方で,4時間以上のガリ勉君も7.4%います(児童数の相対度数を参照)。
図の提示は省きますが,東北の秋田は,中間の階級が厚い分布です。対して,大阪は両端の分化が相対的に大きくなっています。ここでの関心事である,勉学時間格差が大きい,ということになります。
ジニ係数という指標で,その程度を「見える化」してみましょう。上表の6つの階級に属する児童数の分布と,各々の勉強時間量のそれがどれほどズレているかに着眼するものです。
各階級の勉強時間は,中間の値(階級値)で代表させます。1時間台の児童は,中間の1.5時間(90分)と仮定します。一番上の4時間以上の群は,ひとまず4.5時間(270分)とみなしましょう。
これによると,勉強時間1時間台の階級の勉強時間総量は,90分×16645人=1498050分となります。6つの階級のトータルは,5408430時間なり。
注目するのは,この勉学時間の分布と児童数分布がどれほどズレているかです。中央の相対度数をみると,勉強時間ゼロの階級は,児童数では2割いますが,勉強時間総量は当然ゼロ。一方,児童数では7.4%しかいないマックスの階級が,勉強時間では全体の26.9%をも占めています。
こうした偏りは,右欄の累積相対度数をみると,もっとクリアーです。この累積相対度数をグラフにすることで,児童数の分布と勉学時間量の分布のズレが可視化されます。下図は,横軸に児童す,縦軸に勉強時間量の累積相対度数をとった座標上に,6つの階級をプロットし線でつないだものです。これを,ローレンツ曲線といいます。
弓なりの曲線ですが,このカーブの底が深いほど,児童数と勉強時間の分布の隔たりが大きいことになります。つまり,勉強をする子としない子の分化,勉強時間の格差が大きいことを意味します。
ここで求めようとしているジニ係数とは,この曲線の深さを表現するもので,上図の色付きの面積を2倍して出されます。算出された,大阪の小6児童の勉強時間ジニ係数(休日)は0.536です。
ジニ係数は0.0~1.0の範囲をとりますが,一般に0.4を超えると,値は高いと判定されます。大阪の休日の勉強時間ジニ係数は,この水準を超えています。この西の大都市では,子どもの勉強時間格差が大きいようです。
これは絶対水準の評価ですが,他県と比した相対水準はどうでしょう。私は同じやり方で,全県について,小6児童の勉強時間ジニ係数を計算しました。休日だけでなく,平日のそれも出してみました。下の表は,係数が高い順に並べたランキング表です。
平日・休日ともトップは大阪です。子どもの勉強時間格差が最も大きい,する子としない子の分化が最も激しい地域ということになります。上位は,都市部が多いですね。おそらくは,塾通いをする子としない子の差でしょう。平日より休日で,それが顕著に出ると。
一方,差が小さいのは東北や北陸の県です。これらの県の勉強時間分布は中央が厚いノーマルカーブなので,ジニ係数も小さく出ます。学力トップの秋田はその典型。
想像がつくでしょうが,上記の勉強時間ジニ係数は,全体の学力(教科の平均正答率)とマイナスの相関関係にあります。勉強時間格差が小さい県ほど,全体の学力が高い傾向です。全体の底上げを図ったほうがよい,ということでしょうね。
まあ,上記のジニ係数のような面倒な指標を計算せずとも,勉強をする子としない子,つまり両端の比重を出してグラフにすれば,ここで言わんとすることは分かります。下図がそれです。
右上はガリ勉君とゼロ勉君の両方が多い,つまり勉強時間格差の大きい県ということになります。先ほどの表のジニ係数が高い県と一致します。左下は,その反対です。
普通に考えるなら,上図のドットの配置は右下がりになると想定されるのですが,現実はさにあらず。上が多いほど下も多い。こういう現実になっています。ある方が言われていましたが,「格差」が今の日本のキーワードになりそうです。
目につきやすい平均値だけでなく,分布に注目する。統計分析のイロハですが,子どもの勉強時間や学力については,その視点が重要であると,改めて思いました。昨今の社会状況を考えると,なおさらのことです。