保育所不足と保育士の待遇の悪さの問題ですが,両者がリンクしているのは,誰もが知っていること。保育士が集まらないから,保育所ができない(増やせない)。保育士の給与については,厚労省『賃金構造基本統計』のデータで明らかにしたことがありますが,東京都の保育士実態調査に,より細かいデータがありましたので,それを使ってグラフをつくってみました。
2013年の夏に,都内で就業している保育士に年収を尋ねた結果です。正規職員,有期フルタイム,有期パートという就業地位別の分布が明らかにされています。これら3群の量的規模も分かる,モザイク図にしてみました。
どうでしょう。有期のパートでは9割以上が年収200万未満で,正規職員でも6割が年収300万未満です。昨日,ツイッターでこの図を発信したのですが,「ここまで低いのか。それも東京で・・・」という感想が多数聞かれます。「これじゃあ,なり手がいるわけない」という声も。
現在就業している保育士も,給与にさぞ不満を抱いていることでしょう。同じ調査では,10の項目を提示して,それぞれの満足度を尋ねています。横軸に満足という者の割合,縦軸に不満足という者の割合をとった座標上に,10の項目を配置すると,下図のようになります。
10の項目のうち8項目は,不満足より満足の割合がずっと高くなっています。労働時間や職場の人間関係などについては,保育士の満足度は高いようです。
不満は,もっぱら給与面に集中しています。ある方がツイッターで言われていましたが,どこを改善したらいいか,これほど分かりやすい職場というのも珍しいでしょうね。
10の項目のうち満足度が最も高いのは,仕事のやりがいです。現役保育士の7割以上が「満足」と言い切っています。人の命を預かり,人生初期の人間形成にも関与する,重大な仕事です。それなりの専門性も要求され,誰にでもできる仕事ではありません。やりがいに関する満足度は高くなるでしょう。自分は崇高な仕事をしている,というセルフ・エスティームも感じられるでしょう。
それだけに,腹の底に渦巻いている給与への不満を表出しにくいのかもしれません。「崇高な仕事を,カネ目当てでやるのか」と言われそうで・・・。日本の保育の現場は,保育士たちの「やりがい」感情にもっぱら支えられているといえます。
これは,介護業界にも当てはまります。介護労働者の給与も激安なのですが,項目別の満足・不満足率のグラフを作ると,上記の保育士の図とそっくりになります。他の項目はオミットして,給与とやりがいのドットを置いたグラフをお見せしましょう。ピンクは保育士,青色は介護労働者のドットです。後者のデータは,介護労働安定センターの『介護労働者実態調査』(2014年度)によるものです。
双方とも,やりがいへの満足度が高く,不満は給与面に集中しています。前者によって,後者が表出(噴出)するのが抑えられている。こういう構造です。「やりがいによる搾取」と呼んでもよいでしょう。
ちなみに「やりがい搾取」という概念は,2008年に本田由紀教授が提唱されたものです。(『軋む社会-教育・仕事・若者の現在-』双風舎)。手元に現物がありませんので,はてなキーワードの解説を引用すると,「企業風土が従業員にやりがい報酬を意識させて,金銭報酬を抑制する搾取構造になっていること。賃金抑制が常態化したり,無償の長時間労働が奨励されたりすること。働き過ぎの問題として」,本田教授が名付けた概念とあります。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%E4%A4%EA%A4%AC%A4%A4%BA%F1%BC%E8
ちなみに「やりがい搾取」という概念は,2008年に本田由紀教授が提唱されたものです。(『軋む社会-教育・仕事・若者の現在-』双風舎)。手元に現物がありませんので,はてなキーワードの解説を引用すると,「企業風土が従業員にやりがい報酬を意識させて,金銭報酬を抑制する搾取構造になっていること。賃金抑制が常態化したり,無償の長時間労働が奨励されたりすること。働き過ぎの問題として」,本田教授が名付けた概念とあります。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%E4%A4%EA%A4%AC%A4%A4%BA%F1%BC%E8
なるほど,保育や介護の現場では,こうした事態になっていると考えられます。
上記のように,やりがいと給与に関する意識が対峙する仕事というのは,そう多くないと思われます。これに該当するのは,人のケアを職務とし,顧客に対する気配り(思いやり)が求められる職業です。
ホックシールド流にいうと「感情労働」の仕事ということになりますが,保育士や介護労働者は,その典型です。「顧客のためなら,劣悪な労働条件も厭わない,それに不平を言うべきでない」。こうした思いが労働者の内に生まれやすい仕事で,学校の教師も該当するでしょう。超過勤務を求める際の殺し文句は,「子どもが可哀想と思わないか」です。これを言われると,反論しづらい。
ホックシールドによると,こういう仕事では,「思いやり疲労」というバーンアウトが生まれやすいとのこと。近年の教員の離職率上昇などは,それに起因する面もあるでしょう。
離職や休職の増加は,そうしたバーンアウトが内に向いた結果ですが,それが外に向くと恐ろしい。体罰や虐待の増加となって,現れるでしょう。現に,そうなっています。
保育・教育・介護といった世界は,労働者の「やりがい感情」に支えられている面が強いのですが,それは砂上の楼閣のようなもので,いつ崩れてもおかしくありません。それによりかっていてはいけないことは,確かです。「保育所に落ちたの私だ!」デモ,ツイッター上の「保育士を辞めたの私だ!」投稿をみて,こういうことを思いました。