就職難を察知してか,最近,大学院博士課程の入学者の数が減少しているといわれます。実情はどうなのでしょう。私は,『平成22年版・文部科学統計要覧』に掲載されている,博士課程入学者の数の長期的な変化をグラフにしてみました。下図をみてください。
この統計の始点の1955年では,博士課程入学者はわずか902人しかいませんでした。それが1975年には4,158人になり,1990年には7,813人に増えます。1991年以降は,大学院重点化政策の実施により,伸びの速度がさらに高まり,2003年には18,232人にまで増えます。わずか12年間で,倍以上の増加です。
しかし,2003年をピークに,入学者数は減少に転じます。2010年の入学者は16,471人です。この間に,水月昭道さんの『高学歴ワーキング・プア-フリーター生産工場としての大学院-』(光文社新書)が出るなど,博士課程に進学することのヤバさを警告する向きもあったためでしょうか。博士課程への進学を忌避する傾向が強まっていることがうかがわれます。
ところで,一口に博士課程入学者といっても,いろいろな人がいます。文系の院に進む者もいれば,理系の院に行く者もいます。また,年齢も多様です。修士課程を出てストレートに進学する若者が大半でしょうが,職をリタイヤし,余生の目標を博士号の取得に定めたというような高齢者もいることでしょう。
私は,ピークの2003年と最新の2010年について,博士課程入学者の専攻と年齢を調べました。資料は,文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』です。
まず上段の専攻をみると,入学者が大きく減っているのは,人文・社会科学系や理学系です。300人以上減少,20%以上の減です。その一方で,教育系や芸術系の入学者数は増えています。
次に下段の年齢別の数字をみると,減少しているのは,もっぱら20代の若者です。修士課程からストレートに進学するというような,伝統的な進学層が減じているようです。反対に,40代後半以上の中高年層では,入学者数がかなり増えているのです。61歳以上の高齢者は,89人から143人へと1.6倍になっています。こうみると,教育系の入学者増というのは,現職教員の入学者が増えたことによるのかもしれません。
現在,博士課程の募集定員を削減する動きがあり,さらに,募集そのものを停止すべきである,というようなラディカルな提案もなされています。生活基盤のない若者に対しては,そうした抑制策が強行されて然るべきであると思います。しかし,生活基盤のある中高年層の入学(院)をも抑制するのはどうかという思いがします。
先月20日の朝日新聞に,定年退職後,博士課程への入学を決意した72歳の男性の紹介記事が載っていました。こういう方々の学びをも人為的に制限することは行き過ぎかと思います。
http://www.asahi.com/edu/news/SEB201104200008.html
博士課程の進学抑制策というのは,対象を選ぶ必要がありそうです。