前回の続きです。前回は,高校無償化政策により,高校生の学習費の構造がどう変わったかを大まかに明らかにしました。授業料の負担が大幅に軽減されたことにより,学習費の総額は大きく減っています。しかるに,費目別にみると,私立高校において,家庭教師費や学習塾費といった補助学習費が増加していることが分かりました。
高校無償化政策の趣旨の一つは,経済的理由による中途退学のような悲劇をなくすことです。しかし,差し迫った窮状に置かれていない富裕層は,授業料負担が軽減された分,上記のような学校外教育への投資を増やすことが可能と思われます。一方,貧困層は,なかなかそうはいきません。
となると,この政策によって,学校外教育投資の階層格差の拡大という,アイロニーな結果がもたらされた可能性があります。高校無償化政策は,所得に関係なく,全ての生徒に一律に適用されるが故,こうした懸念が持たれるところです。
今回は,家庭教師や学習塾などの補助学習費の伸びが大きいのは,どういう階層かを明らかにしようと思います。仮に,それが富裕層に限られているならば,今しがた述べた懸念が色濃いものと判断されます。実情はどうなのでしょう。
文科省の『子どもの学習費調査』から,高校生の保護者が費やした補助学習費の平均額を,家庭の年収別に知ることができます。補助学習費の内訳は,①家庭内学習費,②家庭教師費,③学習塾費,④その他補助学習費,です。前回みたように,大半が②と③です。
はて,この補助学習の額の変化を,高校生の家庭の年収別にみるとどうなのでしょう。高校無償化政策が実施される前の2008年度と,その後の2010年度の調査データを比較してみます。下表をご覧ください。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001012023
補助学習費の伸び幅は,公立よりも私立で大きいようです。加えて,私立内部でみると,富裕層ほど伸びが顕著です。この2年間で,年収1000万以上1200万未満の階層では1.57倍(16.5万→25.9万),年収1200万以上の階層では1.40倍(30.4万→42.7万)の増加です。
反対に,年収400万未満の貧困層では,補助学習費は減じています。公私を問わずです。この層では,授業料負担の軽減分を,日々の生活に回さざるを得ないのでしょう。
残念ながら,危惧したような結果が観察されます。授業料負担の軽減分を,学校外教育に回せる富裕層と,それが叶わない貧困層。表にみるように,6階層の補助学習費の格差の度合い示す,標準偏差(S.D)の値も高まっています。公立では56.0から72.5,私立では75.9から120.0です。
高校無償化政策により,学校外教育投資の階層格差が拡大したことは否めないようです。東大などの有力大学に入るには,この手の投資がかなりモノをいうため,看過できることではないと思います。
実をいうと,このような結果になるであろうことを予測させるデータが,政策の実施前に公表されていました。内閣府の『2009年度・インターネットによる子育て費用に関する調査』です。所得制限のない「子ども手当」(中学卒業まで月額1万3千円支給)の使い道を,子を持つ親に問うた調査で,結果が,対象者の世帯の年収別に集計されています。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/cyousa/cyousa21/net-hiyo/mokuji-pdf.html
上図がその結果ですが,富裕層ほど,学校外教育に充てたいという回答が多くなります。逆に,生活費に補填という回答は,貧困層ほど多い傾向です。高校無償化政策においても,階層別のこうした思惑(戦略)が作用したと考えるべきでしょう。
ご存知のように,所得制限のない「子ども手当」は廃止され,所得制限がある以前の「児童手当」が復活することになりました。東日本大震災の復興財源の確保というのが理由のようですが,もしかすると,教育格差の拡大の危惧する声もあったのかもしれません。
高校無償化政策についても,制度の部分変更を求める声が出てくるかもしれません。授業料負担の軽減により,経済的理由による高校中退を大きく減じせしめたことは,この政策の効果として評価できます。こうした根幹部分は維持しながらも,所得による授業料補助の傾斜配分など,子葉の部分の変更は,検討されて然るべきであると思います。