家庭,学校に続いて,今度は地域社会の幸福度測定です。地域社会については概念規定が難しいのですが,簡単にいうと,人々が「われわれ意識」を持って共同生活を営む範域であると考えられます(拙稿「地域社会」『教職用語辞典』一藝社,2008年)。範囲としては,徒歩で行き交うことのできる,中学校区くらいを想定すればよいと思います。
あまり知られていませんが,地域社会は,家庭や学校に劣らず,子どもの生活や発育にとって重要な意味を持っています。家から学校までの通り道をなすと同時に,放課後は子どもたちの遊びの場となります。また,各種の行事が催される基礎的な単位です。
地域行事は,子どもたちが多様な人間関係(タテ,ヨコ,ナナメ)に触れ,さまざまな役割を持ち回りすることで,社会性を育むことのできる絶好の機会です。全体社会の縮図としての性格を持つ地域社会ならではの教育力といえましょう。家庭や学校では,なかなか真似のできないことです。
しかるに最近,地域社会がこうした機能を果たし得なくなってきています。近隣の人間関係が希薄化し,大人たちは自地域の子どもの教育に無関心。職住分離の進行や人口移動(mobility)の高まりによって,こうした傾向に拍車がかかっているものと思われます。
また,地域において,子どもが被害者となる痛ましい事件が頻発していることも看過できません。地域社会が,子どもを抱摂するどころか,彼らの身の安全を脅かすデンジャラス・ゾーンと化している側面も否定できないところです。
このようなことを念頭に置きながら,私は,地域面での子どもの幸福度指数を構成するための統計指標として,次の3つを思いつきました。①福祉犯被害率,②最近5年間の定住人口率,③地域行事に参加している子どもの比率,です。
①は,地域社会の危険度を測る指標です。児童買春などの福祉犯被害に遭う子どもがどれほどいるかです。小・中学生1万人あたりの比率を出してみます。分子の福祉犯被害少年数は,警察庁『少年の補導及び保護の概況』から得ました。分母の小・中学生数は,文科省『学校基本調査』から採取しました。2009年のデータです。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
②は,地域社会の安定度を診る指標です。2010年の人口のうち,5年前(2005年)と住所が同じ者の比率です。この値が高いほど,地域に腰を据えている者が多く,それだけ,地域に愛着を持っている人間が多いものとみなします。地域行事などが振興するための条件指標といえましょう。資料は,2010年の総務省『国勢調査報告』です。
③は,子どもがどれほど地域に抱摂されているかを測る指標です。文科省『全国学力・学習状況調査』では,公立の小学校6年生・中学校3年生に対し,「今住んでいる地域の行事に参加しているか」と問うています。この設問に対し,最も強い肯定の回答(「あてはまる」)を寄せた者の比率をとってみます。この値が高いほど,先ほど述べた地域社会の理想態が実現されている度合いが高いとみませましょう。2009年の調査データを使います。
この3指標の値を,県別に計算しました。全県の値を掲げるのは煩雑ですので,全国値と,47都道府県の両端の値だけを示します。
うーん,家庭や学校の指標よりも,はるかに大きな地域差が見受けられます。沖縄の福祉犯被害率は,山梨の10倍以上。予想通りといいますか,安定と抱摂の指標は,大都市の東京で最も低いようです。東京では,人口のほぼ4割が,この5年間での引っ越し経験者です。地域に人口が「入っては出ていく」の繰り返し・・・。地域の子どもの教育に無関心な大人が多いのも,無理ありますまい。
では,家庭と学校の場合と同じやり方で3指標を合成し,地域面での子どもの幸福度指数を構成してみましょう。ランクに基づいて,各県の指標の値を1~10点のスコアに換算します。
危険面の指標はマイナス指標ですので,1~5位=1点,6~10位=2点,11~15位=3点,16~20位=4点,21~25位=5点,26~30位=6点,31~35位=7点,36~40位=8点,41~45位=9点,46~47位=10点,と換算します。
残りの2つはプラス指標なので,1~5位=10点,6~10位=9点,11~15位=8点,16~20位=7点,21~25位=6点,26~30位=5点,31~35位=4点,36~40位=3点,41~45位=2点,46~47位=1点,と換算します。
3指標のスコアの平均値をもって,地域面での子どもの幸福度指数と考えます。下表は,その一覧です。最大値には黄色,最小値には青色のマークをつけています。
1位は東北の山形で9.67,最下位は沖縄で1.00です。山形は満点(10点)に近い水準です。スゴイ。一方,沖縄は,考えられ得る値の最低値(1.00)を記録しています。「ゆいまーる」の沖縄は,地域の人間関係が濃いと思っていたのですが,これは意外な結果です。
指数が7.00を超える件は赤色にしています。東北の中部の諸県において,地域社会における子どもの幸福度が比較的高いことがうかがわれます。何となく分かるような気がするなあ。
最後に,上表の県別の幸福度指数を地図上で表現してみます。前回までと同じく,4点未満を黒色,4点台を赤色,5点台を黄色,6点台を水色,7点以上を白色にした地図を作成しました。
先ほど述べたように,東北から中部にかけて,幸福度の高い白色ゾーンが連なっています。一方,首都圏(1都4県)は,オール・ブラックです。近畿の大阪,九州の福岡も然り。都市部における,地域社会の衰退がうかがわれます。
いかがでしょう。家庭や学校の面とは,また違った側面が明らかになったと思います。次回は,家庭,学校,および地域社会の幸福度指数を総動員した,総合的な子どもの幸福度指数を構成してみようと思います。